第5章 その62 晩餐会に現れた貴婦人
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あたしはエルレーン公国有数の豪商ラゼル家の一人娘アイリス。六歳。
ここではない異世界の前世の記憶持ち。
しかも前世の記憶は一つだけじゃない。違う時代で、三つの前世を覚えている。だから六歳児は考えないようなことも考える。
そしてこの世界の女神様の加護を受けて、普通では無い桁外れの魔力を持っている。
そのおかげでいいこともあるけど、狙われちゃったりして大変なのです。
ちなみに前世の一つは《地球》の《日本》という国で十五歳の女子高生だった月宮有栖。
それからもう一つの前世は《ニューヨーカー》二十五歳でマンハッタンでバリバリ営業職をやっていた女性イリス・マクギリス。(もう一つあるんだけど、それはまた後ほど。現在は意識の底で眠っているみたい)
お父様の、年の離れた可愛い弟であるエステリオ・アウル叔父さまは二十歳で、あたしの許婚。魔法使いの長カルナック様のはからいで、生まれたときから決まっていたのだ、ということになっている。
叔父さまは、エルレーン公国で一番権威のある団体『魔導師協会』の運営する公国立学院の院生で、協会のナンバーツー、コマラパ老師のお気に入りで、研究室を持っているエリートなの。
協会に認められた一人前の魔法使い『覚者』に昇進するのも間近だろうと、家族や家人一同の期待を一身に集めている。
この若さで『覚者』になれる人って、そうそういないのよ。身近なところではアウルの親友、エルナトさんが『覚者』になっているけれど、彼は大公の親戚で名家アンティグア家の次男。素質にも恵まれているから、特別すぎて比較する対象にはならない。
エステリオ・アウルが魔導師協会の任務で国外出張していたことは、首都シ・イル・リリヤで少しでもアンテナを張っていれば誰でもわかること。魔導師協会にどの程度の興味を持っているかどうかにもよるけどね。
ともかくアウルは任務を終えて一ヶ月ぶりに我が家に戻ってきた。
無事に帰ってきてくれただけで、あたしやお父様、お母様はすごく嬉しい。
さっそく今夜は親しい人たちを晩餐にお招きすることになっているの。
ここで、二十五歳のキャリアウーマンだった前世のあたしが、力強く頷く。
有能な商人であるお父様の意図が、わかったわ。
ラゼル家がどれだけ多くの有力な人たちと懇意にしているかを誇示するためね!
たとえラゼル家の発展ぶりをこころよく思ってない敵対勢力があったとしても、安易に手を出せなくなるはず。イリスはきっと商会の経営についてお父様にお話を聞きたいんだろうな。そのうち、あたしが大きくなったら、いろいろ聞こう。
エステリオ・アウルは自室に戻って、しばらく休みたいという。
すごく甘えたいけど、我慢した。
精神的にハードな任務だったって、エーヴァ・ロッタ先生から聞いている。だから待っていなさいって先生はおっしゃるの。
心と体を癒やして気持ちの整理がついたら、きっと、アイリスに話してもいいと思うところを、教えてくれるはずだって。
だから待つわ。あたしはまだ六歳だし!
レディは余裕よ。
※
夕方までには、お客さまがたが我が家においでになる。
対外的なアピールが重要なので、魔法陣で来れるはずの魔法使いたちも連れだって馬車で来るはず。馬車専用の入り口を設けて、対応できる者を配置してあるみたい。
あ、来た!
最初はティーレさんとリドラさん。
「お~! 久しぶり! 元気そうじゃないか」
「本物のアイリスちゃんだわ~! 会いたかったわ~!」
ティーレさんとリドラさんのハグ攻撃、やっぱりすごいわ。二人で相乗効果!?
他に、お披露目会で見かけた、魔導師協会の魔法使いさんたち! 学生だと言ってたからかな、アウルみたいに辻馬車を雇ったのね。
帰りは大丈夫だからって、帰してしまってるけど?
え? あ、そうなの?
帰りは転移魔法陣ですかそうですか。来るときだけのアピールでいいのね。
金色の馬車でやってきたのは、アンティグア家の馬車だった。専用馬車に専任の御者さん! お馬は真っ白で大きい。
「うわぁすてき……」
思わず羨望の眼差しを向けてしまったわ。
降りてきたエルナトさんと、ヴィー先生。
「おかえりなさい! うれしい!」
いろいろな言葉なんて、とっさのときには出てこなくなるのね。
胸が熱くなるけれど、言葉にできないの。
お客さまがたが大勢集まって来て、我が家はとても賑わっている。
そして夕刻になれば、真打ち登場。
漆黒の車体に銀色の筋が入った、地味派手で瀟洒な、繊細な作りの馬車が、特別に設けたエントランスに滑り込む。
扉が開いて、まず降りてきたのは、赤みを帯びた金髪の男の子。
マクシミリアン君だわ! 久しぶり!
八歳で、あたしより背が高くて体格がいい。
マクシミリアン君は、先に降りてから振り返り、畏まっている。
次に、カルナック様が姿を現したの。
すらりとスタイルがよくて長身で、凜々しくて。身体のラインをすっかり隠してしまう漆黒の長衣と漆黒のローブ、緩い三つ編みにした、つややかな長い黒髪。
見た目だけなら絶世の美女と勘違いする人は多いに違いない。
「ようこそ、お待ちしておりました、カルナック様」
お父様は最上の敬意をあらわす。
「今宵は、初めてのお客人がいらしているのですよ。ご連絡した通りに」
カルナック様が、手を差しのべる。
馬車から最後に現れたのは若草色のロングドレスをまとった、黒髪の美女。
優雅な身のこなしで馬車から降り立った。
「ご紹介します。こちらはエドモント夫人。ここにいるマクシミリアン・エドモント君の、お母君です」