第5章 その61 奇跡的な、あたしとアウルの巡り合わせ
61
「お帰りなさい! アウル」
一ヶ月ちょっと会わなかっただけで、すごく寂しかったんだって、アウルの顔を見たらあらためて胸に迫ってきた。
ああやばい。泣きそう。
だいたい、なんだっていうの。
いつもは魔法使いの正装である白いローブを身につけているんだけど、国外に出ていたせいだろうけど普通の一般男性みたいなグレイのジャケット、リネンシャツに黒いズボンと革靴とかで、なんかかっこいいの。反則!
きっと……
こんなに胸に迫ってくるのは……前世に関係してるんだわ。
あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの魂と、すっかり融合しかかっている前世の一つ、ここにとっては異世界である地球に暮らしていた女の子、月宮有栖の。
有栖は日本の女子高生で、十六歳の誕生日の前日、交通事故で死んだ。
親友の相田紗耶香と、休日は原宿に出かけようって約束してた矢先のことだった。
学校から帰る途中、急に黒いワゴン車が目の前に迫ってきた。その後、運び込まれたのだろう病院で死んでしまった、あたし。この異世界に転生したわけだけど。
有栖には、気になっていた男子がいたの。
通学のための乗換駅、吉祥寺駅の高架のホームで。
毎朝ホームの反対側に立っている男子の、一人を。ずっと見ていた。
もしも有栖がもっと生きていたら、きっと、あの人に恋していた。
そうしたら、転生した後、この世界の女神様の計らいで、あたしを守るために配置してくれたのが、お父様の弟、エステリオ・アウルで。
おまけに彼も異世界転生者だった。
有栖が前世で気になっていた人の生まれ変わりが、アウルだったという、奇跡的な巡り合わせで、あたしたちは出会った。
そしてアウルの上司である魔導師協会の長カルナック様が、生まれつき桁外れの魔力を持って生まれたあたしを世間から守るために、とある方法を考えた。
あたしの六歳のお披露目会の席上、アウルは生まれた時からの許婚ということになって、六歳のお披露目会で公表されたの。
こんなの反則よね……。
あたしはどんどん、エステリオ・アウルを大好きになっていくしかない運命なの。
馬車を降りたアウルが大きな革製のトランクを下げて表門から入ってくる。
用心のため、レンタルの馬車は門の中までは乗り入れられない。もちろんうちは自家用馬車なんて持ってない。仕事用なら商会のほうにあるけれど。
アウルのトランクには海外旅行してましたって雰囲気を演出するために、アステルシアだとかソルフェードラだとかルファーだとか、ヘンルーダとか。外国の都市名を印刷したシールがいくつも貼ってあった。一番遠くだと南国のガルーダ。こんなに幾つも貼ってあったら本当はどこに行ってたのか、わからなくなるでしょうね。
不満をあらわに仁王立ちして待っていた六歳幼女のあたしは、ニコニコ笑いながら歩いてくるアウルを見ているうちに難しい顔をしていられなくなって飛び出して駆け寄って、飛びついた。
「うわ! アイリス何を!」
アウルの慌てる顔、久しぶりに見たわ。
だけど勢いよく飛びつきすぎたかもしれない。
アウルはよろけてイチイの植え込みに倒れ込みそうになり、転ぶよりも持っていたトランクを投げ出して体勢を保ちつつ、あたしを抱っこする方を選んだ。
やっぱりね。そうしてくれると思っていたわ。
こうでなくちゃ。
彼の仕事(魔導師協会の特別任務)で、一ヶ月も離れていた間どこで何をしているのかわからなかった。
危険な目にあっていないかしらって、いつも思っていたわ。
人使いが荒いわりに弟子思いなカルナックお師匠様の命令だから、きっと大丈夫だとは信じていたけれどね。
「驚いたよ。無茶をするんだから」
責める口調では無く、案じているような、優しさがにじみ出てる。
「だって、さびしかったんだもの」
ほおずりする。
彼は、あたしには甘々の許婚だって、家族も使用人の人たちも全員よく知っているから大丈夫なの。
軽々と抱っこしてそのまま玄関へと向かうアウル。
トランクは我が家の下働きの男性が拾って持ってきてくれていた。ホテルならベルボーイっていうところ?
「お帰りエステリオ・アウル。長旅は疲れただろう」
「お仕事とはいえ、大変でしたね」
お父様とお母様が、揃って笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま、兄さん。義姉さん。やっと帰ってこれたよ」
ほっとしたような声音、けれど表情はまだ引き締まっている。
お父様は、満面の笑みで、アウルの緊張をほぐそうとしているみたい。お父様にとってエステリオ・アウルは年の離れた弟
「今夜は晩餐会だ。エルナト様やヴィー先生、魔導師協会の同僚の方々もお招きしている。料理長も腕によりをかけて美味い物を作ってくれるそうだ」
協会の同僚ですって?
賭けてもいいわ、きっとその中にはカルナック様とコマラパ老師も入ってる。山のようにお料理を用意しておいてって、頼んでおかなくちゃ!
「それは嬉しいな。ゆっくりと料理を楽しめるなんて久しぶりだ」
アウルの表情が緩む。
「さあさあお入り。無事に戻ってきてくれてよかった! 旅の間の積もる話も、あとで聞かせてくれよ!」
お父様は「旅の間」って、誰にでも聞こえるような大声で言う。
きっとどこかで監視してる人たちがいると危惧しているんだ。
カルナックお師匠様の仕掛けた『囮捜査』には引っかからなかったとはいえ。今でも、敵対勢力やらあたしたちを利用したい人たちが、探っているに違いないのだ。
だから自宅に入ってもアウルの緊張は完全にはとけないようす。
「もう大丈夫だ。着替えて、休みなさい」
お父様はアウルを気遣う。
「ドワーフのスノッリさんに依頼して侵入者を完全に防げるように調整してもらってある。だから本当に何も心配することはないんだ。着替えてくつろぎなさい」
「はい!」
ああ、やっとアウルが心から笑ったわ!
そうよ、これよ、これ。
それほどすごいイケメンじゃないけど、もっさりして地味だけど、人が良さそうですぐ欺されそうだけど。
……そこがいいの。
屈託が無くて明るく優しい、あたしのエステリオ・アウル。
危険でないわけがない、国外での潜入捜査任務から、無事に帰ってきてくれた!
それだけで、すごく嬉しい。
あとは、これから先の未来のことを考えるの!