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第5章 その57 灰色の魔法少女グリス?


          57


「カルナックお師匠様! それは、その人の、本当の名前なんですか?」


「そうだよ。私とは昔からの知り合いだ。もっとも、もうとっくに死んでいるんだが。どういうものか、世界に還元していかないんだ。よほどの心残りがあるんだろう」


「え~!? あたし、その人に迷惑かけられてますよね!?」

 あたし、アイリスの前世である、日本の女子高生だった月宮有栖つきみやありすなら。こう思うだろう。(そっかぁ、成仏できないってことかな?)

 仏教徒というわけではないけれど、マンガとかでそういうの、読んだことあるもの。

 アイリスのもう一つの前世であるニューヨーカーのイリス・マクギリスは、ブーイングしてるけど。カトリックだったって話だものね。


「ま、平たく言えばそう、成仏できてないってわけさ!」

 カルナック様は、明るく笑った。


(やっぱり前世は日本人に違いないわ、お師匠様は。)


「灰色の魔法少女グリスは、幻覚を操るのがうまくてね。王子も、自分が見たかったものを見せられたのだろうね」


「なんか今とんでもない単語を聞いた気がしますが全力でスルーしますから!」


 意識を失っているフェルなんとか王子の体は、部屋にあった布や本や絨毯や水晶玉や、いろんなものをこれでもかとばかりに引き寄せて小山みたいになっている。

 体のあちこちに、不思議な…フジツボかサザエみたいな塊がくっついてて。

 顔は陰になっていて見えない。


「フェル君」

 思い切って呼びかけてみた。

 でも反応はない。

 聞こえなかったみたいだ。


『ぐうるるるるる!』

『ぐあああああう!』

 あたしの左右には、低く身構えて『スアール』と『ノーチェ』が王子、または王子だったかもしれないモノを、威嚇している。

 彼らは、あたしが不用意に近づくのを止めている。


「アイリス。君は来てはいけない。二頭と一緒にいなさい」


 フェル王子は、まじない師『ハイイロ』に身体を乗っ取られようとしている。

 カルナック様は、そうおっしゃったのだ。


 そうして一方、まじない師だった物体は、床に崩れ落ちた。それはすでに塵にまみれた骨と灰色のぼろきれになってしまっていた。

 最初から生きた人間ではなかったんじゃないの? 気持ち悪い。


いばらくしてカルナック様は、ちょっぴり変になってしまったフェルなんとか王子に手を差し伸べ。

 とても優しい声で、こう言った。

 

「もういいだろう、おいで……グリス。彼を離しなさい」


「あの。グリスって誰なんですか?」

 のどが、からからに乾いて。

 あたしは声を、絞り出す。

「それにクララさんも、ナタリーのことも、どうなっているんでしょうか」


「ナタリーも、家族も無事だよ。クララなんて従妹は存在しない。グレイム……いや、『灰色グリスの魔女』の得意とする目くらましだ」

 カルナック様はまた、あたしの髪に手を置いて、撫でてくれた。


「あんな転移魔方陣を設置できるセキュリティホールを放置しておくものか。もちろん、罠だ。わざと隙を作って置いたのさ」


「え~? もしかして、また、おとり捜査だったんですか?」


「悪いね。私たちが留守にすれば君を狙う勢力をあぶりだせると思ったんだが、こっちの、レギオン王国側のやつが引っ掛かるとは、予想外だった」


「だから『シロ』と『クロ』を貸してくださったんですね」


「役に立っただろ?」

 屈託のない満足げな笑み。

 かなわないわ。


「それとも怒ってる?」

 子供みたいな表情をするのは、反則だわ。


「もういいです。助けに来てくださいましたから」


「よろしい。さて、ではグリス。あなたも、もう、いいだろう?」

 カルナック様が王子に手を差し伸べた。

 けれど、王子(それと王子に取りついた『ハイイロ』さん)は振り払って、退いた。


「しようがないな。逃げても無駄だよ」


 穏やかで、けれど容赦のないカルナック様の指先から、透き通った光がもれて、王子を捉え、包み込む。


「あ! また、ほぐれた」


 汚れた包帯がほどけていくみたいに。

 浮き上がる『穢れ』の皮が。

 一枚、一枚、とけて消えていく。


 カキの貝殻がこびりついた岩山みたいだったフェル君が、白く……ずいぶんきれいになってる!

「あなただって本当は、穢れなんかじゃない。グリス、もう、お眠り…」

 カルナック様が、巻き付いていた布に手をかけて引っ張ると、王子は、ごろん、と床に倒れて転がった。


 王子からはがれた、灰色の皮膚のような、ぼろ布は、ひらりとひるがえり、カルナック様のつかんでいた手から逃れて、部屋のひと隅に寄っていった。


 聞こえたのは、幼女のような声。

『…まだ…死なないよ…痛い…痛い…痛い』


 灰色の布と塵とが、人間の、女性のような姿に変わっていった。


 やせこけた、皮膚のはりつく薄い肩や頬骨。浮き出た鎖骨。思いつめたような、暗い表情の、十代の少女を思わせる、影のない、人のすがた。


「グリス!」


『われは、まだ生きるのだ! 死ねば堕ちる…おそろしい。死ぬのは…』

 くぼんだ眼窩から、水のようなしずくがこぼれた。


 次の瞬間、かろうじて保っていた人の形は、崩れた。


 塵のひとかけらだけが、床の上に残った。

 


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スピンオフ連載してます。もしよかったら見てみてくださいね
カルナックの幼い頃と、セラニス・アレム・ダルの話。
黒の魔法使いカルナック

「黒の魔法使いカルナック」(連載中)の、その後のお話です。
リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険(連載中)
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