第5章 その56 灰色の塵と骨
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「アイリスは人がいいなあ」
カルナック様が、かすかに笑みを浮かべ、ぼそりとつぶやいた。
「騙されて転移魔法陣で連れてこられて、ひどい目にあっているのに、フェルナンデス王子に同情し憐れむなどとは。私ならできないな」
「お師匠様、少しは本音を隠すとか、しましょうよ?」
過激なのはあたしじゃなくてカルナックお師匠様だった!
フェルナンデス王子はまだ苦しみもがいている。
灰色の靄がすっかり体を覆い尽くしているから、時々雷光が走るのは見て取れるけれど、いったい中はどうなってるの。
バキバキ、骨が折れそうな音がして。
王子を包んでいた灰色の靄が、消えていく!
「なんか変だ…」
絨毯の上にうずくまって背中を丸めている、フェル王子‥けれど、体がすごく大きくてあちこちボコボコ出っ張ってるし?
「乗り換えるつもりか」
意味不明なことを口走るお師匠様です。
そのときだった。
バサーッ!
ふいに奇妙な音がして、あたしは視線を灰色のまじない師のほうに向けた。
そして、あたしは目撃した。
灰色の衣が、支えを失ってくずれ落ちていくのを。
さっきまで灰色の男が立っていた場所には、灰色のぼろきれに包まれた、ひどく古びて汚れた骨のひとかたまりが、落ちていた。
「残骸だ。本体はフェルナンデス王子と融合するようだな」
カルナック様は、王子に視線を移す。
なんだかおかしなことになっているのだ。
でこぼこが、増えてる。
養殖されているカキの貝殻がいくつも綱にぶら下がってる感じ。綱が王子だとすれば。くっついてるのは、なに?
「ゆうごうって」
異常事態が起きているとわかっているのに、あたしは間抜けなことしか言えない。
「王子になってしまえばいろいろと手っ取り早いだろう?」
カルナック様はなぜか、面白そうな表情で、うなずいた。
「えええええ!? か、カルナック様! どうすれば!」
同情したわけじゃないのよ。でもフェル君は、お母さんのことを考えていた。
息子があんな姿になったら、お母さん、きっと驚くよ……
「アイリス。そこにいなさい」
お師匠様は、すっかりパニックを起こした、あたしを押しとどめると、用心するでもなく飄々と、王子に近寄っていった。
「それは、あなたには合わない器だよ」
カルナック様は、周囲から集まってきた精霊火の青白い光に包まれている。その光は、容赦なく、王子だったものの姿を照らし出す。
もはや、すでに小山だ。部屋の中に積まれていた羊皮紙の束や布や、ほこりやごみくずまでが引き寄せられたかのよう。
「困った人だ。また、こんなにくっつけて」
優しい声で、カルナック様は、フェル君だったものに、そっと触れた。
光が迸って、フェル君の体中に瞬時にしみとおっていく。
お湯のシャワーを注いだみたい!
フェル君にくっついていたゴミが解けて浮き上がって消えていく!
灰色の塵やゴミは、再び、ゆっくりと移動を始めた。
目指しているのは『ハイイロ』の残した、骨?
「もういいだろう、おいで…グリス」
カルナック様?
その名前は、なに?