第5章 その55 ゲームバトルのように
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呼び声に応えて、音もなくやってきたのは、全身真っ白な毛並みに薄い縦縞の入ったのと漆黒の毛並みに覆われた……二匹の子犬。
あたしの従魔(仮契約)『シロとクロ』だ。
「なんだそれは! たいそうなことを言っていたくせに、それがおまえの従魔だと?」
フェルなんとか王子が、高らかに笑った。
むぅ。
ムカつく。
しょうがないじゃない。あたしの魔力で保持できるのは子犬形態なの。
だけど、こちらの情報は、あげないわよ。
「うるさいわね。子犬だからって甘く見ないことね。あんたのデカいだけの熊さんとは違うの!」
フェルなんとか王子の巨大熊は、突進しかできないのかな?
当たったら痛そうだけど。
「「わわん!!」」
突進してくる巨大熊の進路に、二匹の子犬が、すたっと降り立つ。
「あははは! こりゃいい、子犬の芸でも見せてくれるのか?」
楽しそうに笑うフェルなんとか王子。
「いいわよ芸を見せてあげる。『シロ』! ぶつかれ!『クロ』! 足払い! ついでにイリュージョン!」
「「わわわん!」」
白と黒の子犬たちは素早い移動を始めた。
目まぐるしく左右に散っては位置を入れ替えるたびに熊は顔の向きを変え、威嚇しつつ牙を見せて口を開け、どちらか近い方に噛みつこうとする。
だけどシロとクロの方が何十倍も速い。
一匹が巨大熊にぶつかっては退き、同時にもう一匹が足もとを狙って。
よろけた熊は、ついに巨体を揺るがせて倒れる。
「くっそー! 戻れ『獣王』!」
ゲームバトルみたいに叫んでフェル王子は右手を高く掲げた。
倒れている灰色熊の身体が光って、灰色の煙に戻り、王子の掲げた拳に吸い込まれていく。
「これだけだと思うなよ!」
続いて王子は、左手に握っていた珠を地面に投げた。
「毒蛇王!」
王って名前をつけるのが好きなのかしら?
それは瞬時に解けて紫色の煙になって膨れ、次の瞬間には巨大な蛇に変わって、飛びかかってきた。胴体の太さが一メートルくらいある。アナコンダ?
毒の牙で噛みつく?
絞め殺す?
ずいぶん、ぶっそうじゃないの。
「生かして捕らえろって自分で言ったの忘れてない? フェルなんとか君?」
もう王子なんて呼んであげないわよ。
「ちょっと、怒った」
あたしの両脇に控える二匹に、両手を回して、言う。
二匹の、本当の名前を。
「契約によりて我に従う魔物の、その真の名を解き放つ。『牙』!『夜』! もう手加減はしなくていいわ!」
「「ガウ!!」」
二頭の咆哮。
とたんに出現する、巨大な漆黒、圧倒的な純白の魔獣。
見るたび、うっとりしちゃう。
二頭は跳躍して大蛇の上に飛び乗り、『威圧』を込めた。
大蛇の身体が、うごめき暴れながら床に食い込んでいく。しばらくのたうっていた蛇の頭を二頭が前足で叩く。
肉球の形に、蛇の頭がへこんだ。
しゅうしゅうと音を立てて、紫色の蒸気が漏れて、大蛇が縮んでいく。空気の抜けた風船みたいに。皮はしぼんで皺が寄って、やわやわになるのね。
「あ、魔獣って血は出ないんだ」
素直な感想である。
うちにいるときの『シロとクロ』二頭は、ふだんは押し売りとか無断侵入者を脅すくらいなもので、魔獣を相手にするところを見たの、初めてだもの。
「なっ!」
正面に居るフェルなんとかの目が大きく見開いた。
ふふん。驚くがいいわ!
「これが二頭の本当の姿よ。甘く見たわね」
「も、戻れ! 『毒蛇王』!」
「逃げるの?」
「うるさい! 戦略的撤退だっ!」
「素直に負けたって認めればいいのに」
「このじゃじゃ馬! はねっかえり!」
「へへ~ん。なんとでもおっしゃい!」
「アイリス、それくらいにしておきなさい」
再び、カルナック様に止められた。
フェルなんとか王子の戦意がくじけたので、『牙』と『夜』も威嚇をやめた。けれども油断はしていない証拠に、身体を低くして、身構えている。
「えっと。片付いたんですかお師匠様。もしかしたら魔法で攻撃してもよかった……のかな?」
てへっと笑う、あたし。
最近は自宅の訓練場で、炎や水の攻撃をできるように練習しているのだもの。
そしたら、ダメだって。
「却下だ。君は魔法の修行を始めたばかりで、手加減ができない。王子ごとこの部屋を全て焼き尽くして灰燼に帰すだろうからな」
けれどカルナック様は、あたしの頭に手を置いて撫でてくれた。
「しかし、よく戦った。魔獣の制御も完全にできていたよ」
「えへへ! ありがとうございますお師匠様」
次にカルナック様は、呆然と立ち尽くしている『ハイイロ』に、向き直る。
「分別のつかない子供に、手に余る玩具を与えたか。悪趣味だなハイイロ。だが、これくらいにしておこうよ、私も忙しいのでね」
決着がついたのだから諦めろと、カルナック様は『ハイイロ』さんを促した。
『まだだ!』
叫んだ、まじない師は。
フェル君に、灰色の粉を投げかけた。
バシッ!
灰色の粉はフェル君を包み込み、内部で火花を散らした。
まるで、雷雲だ。
「ぎゃあああああああ!」
フェル君が苦しげに叫んで、床に倒れ、もんどり打つ。
なんか焦げるようなニオイがするんだけど……。
「カルナック様どうしよう! これってやばいの!?」