第2章 その7 家族の食卓と魔力量
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エステリオ叔父さんが笑った!(気がする)
お父さまが将来メタボになりそうだなんて、あたしの考えてることがバレてたらどうしよう。
(あれ? メタボってなに? あたしなんでそんな単語知ってるの?)
あたしは少し焦って食卓を見渡す。
食事の席についているのはお父さまとお母さま、エステリオ叔父さん、あたし。
光の粉を散らしながら部屋を飛び回っている妖精のシルルとイルミナ。
食事を運ぶ担当のメイドさんは4人で、お皿を運んで来たらすぐに下がっていったので、この場に残っているのはメイド長さんと執事さんだ。
全員の身体から、銀色のもやが流れ出ている。
あ、これ。
エステリオ叔父さんが教えてくれた、魔力なのかな。
誰でも多かれ少なかれ持っているものだって、叔父さんは言ってた。
あたしは自分の手を見る。
こぶしをつくる。ぎゅっと握りこんで、また開いてみる。
ぼわっ。
虹色の光が浮き上がってくる。
『ね、見えるでしょ? 魔力の光。アイリスすっごい! それセレナンの女神さまと同じ光! すっごく強いわ!』
『今のアイリスなら、他の人の魔力も詳しく読み取れるわ。光も、ただ銀色だけじゃなくて、人の性質によって色合いが違うのよ』
『感じてみて』
シルルたちに促されて、顔をあげる。
さっきはみんな銀色に見えたけど、シルルに教えられて意識したからなのか、こんどは違う。様々の色をした光に包まれている。光の強さも人それぞれだ。
お父さまは、力強い赤。お母さまは、春空のような柔らかい青の光に、それぞれ覆われていて。
メイド長さんは深い緑。執事さんは、漆黒。
光の範囲は広くなくて、みんな、肌の表面から数センチ外までくらい。
一際強く輝いているのは、エステリオ叔父さん。
身体全体からゆっくりと立ち上る炎のように、無色の光が覆っている。範囲は身の回りから腕を一杯にのばしたくらい。
『無色なのは、性質の違う魔力をたくさん併せ持っているからよ』
シルルが教えてくれる。
あたしの肩に妖精がいても、その姿を見、言葉を理解できるのは、この場ではあたしとエステリオ叔父さんだけ。
(そうか、光を分解したものが七色の虹になるんだものね。いろんな色が混ざって無色になるなんて面白いわ)
『そんなとこね。それよりご飯よ』
『スープが冷めちゃうわよ』
あ、忘れてた。
あたしはスープを飲んでいる途中で手を止めていたのだった。
「アイリス、手が止まっていますよ。ちゃんとご飯を食べなさい」
お母さまに注意されちゃった。
「はぁい」
スープを飲み終えると野菜サラダにとりかかる。
半熟ゆでたまご、好き。
みんな黙々と食事をしているの。すっごく美味しいのに、「おいしい!」って、なんで料理長に言わないのかな。
お父さまが、ごほんと咳払いをして。「あ~、エステリオ。学院はどうだ」
何気ないふうに、叔父さんに尋ねた。
どうしてかしら、こめかみに緊張が走ってる。
「がんばってついていってるよ、兄さん。良い成績をあげれば授業料無料の上に報償金も支給されるしね。上位に入れれば研究室ももらえる」
叔父さんは穏やかに笑う。
え~、おじさんがそんな控えめなこと言うなんて。
すっごい魔力を持っているのに。
お父さまの方は、魔力量は叔父さんに比べると五分の一もない。お母さまの方が魔力は大きくて、お父さまの倍くらいある。
なんかちょっと不便。
みんなの頭の上とかに「魔力量」とか、バー表示でも出ないかしら。
そう考えたとたん、目に見えるものが変化した。
まさにバー表示だ。
魔力と生命力の総量と、現在の数値が見える。なぜか全員、魔力や体力を消費しているのか、最大数値より少し減ってる。
これは便利かも。便利だわ。
……ううん、やっぱ今イチ。
数字が出ないんだもん。
数値が数字で見えていれば、もっと判断しやすいのにな。
総量が数値化されない大きな理由は、あたしがまだこの世界に住む人間を家族と館に住む召使いたちしか見たことがないからだ。
サンプルが非常に少ない。
ゼロはわかるが、平均値は? 最大は? 普通の人間が持つ魔力の量は?
まだまだ先は長そうだ。
「エステリオ。老師はまだ、アイリスを諦めてはいないだろうか」
デザートの果物を手に取り、お父さまはエステリオ叔父さんを見やる。
「表面的には、もう、そうおっしゃってはおられませんね。ただし、学院に入れる年齢になったらすぐに進学させなさいと、言われています。おそらく自分の研究室に勧誘するでしょう」
自分もそうするのがいいと思いますと、エステリオ叔父さんは言う。
「アイリスの魔力はそれほどにすごいのか」
お父さまの声に再び緊張が宿る。
「うまく伸ばせれば、この国の頂点に立つことでしょうね」
エステリオ叔父さんの声もこわばっている。ここには家族しかいないのに。
「みなまで言うな。…危険だ」
「ええ。承知しています」
食事が終わると、お皿はすぐに片付けられ、皆が席を立つ。
あたしは幼児用の椅子からおりなければならない。
「アイリスいらっしゃい。エステリオ叔父さんのお見送りをしましょうね」
お母さまが、両手を差し伸べて、あたしを腕に抱き取った。
「いってらっしゃい、おじしゃま」
「いってきます。アイリス。帰宅したら、勉強しよう」
「うん、待ってゆ」
指切りはしない。この国では、そういう習慣はないからだ。
でも、あたしと叔父さんは約束する。
「いってらっしゃい!」
魔力が目に見えるようになってから、初めて家族を「視てみる」アイリスです。