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第5章 その52 危険は日常にひそむ


52


 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに名高い豪商、ラゼル家。

 公国ばかりか大陸全土に支店を展開し様々な生活必需品を扱う。

 ラゼル家は創世神話に名を連ねる『始まりの千家族』の一つ。その邸宅は、首都の中心部からは距離を置いているものの、公国の主であるエルレーン公の公邸に匹敵するほどの広大な敷地を誇る。


 ……なんてことを、ラゼル家の娘である、あたし、六歳のアイリス・リデル・ティス・ラゼルは、その頃、まったく知る由もなかった。


 大通りから見て、まず目に入るのは、鋳鉄製の門扉だ。

 威厳を表し、侵入者を寄せ付けないことを示す、高い門扉。

 門の内側にあるのは、庭。

 きれいに整えられたイチイの植え込み、季節ごとに華を咲かせる花壇。

 大理石を敷き詰めたエントランス。


 門を入ってすぐに見えるのは外庭の一画に造られたドッグランだ。これは銀色の華奢な柵に絡みつく蔦や花が意匠として飾られた、美しい檻を思わせる。


 ここに従魔のシロとクロを思う存分に走らせる。


「ほーら、取っておいで!」

 木の棒を投げる。近くに投げると二頭がすぐに取ってきて、褒めて褒めてと、わふわふおねだり。

 面白いから何度も投げているうちに、柵を越えて庭の植え込みに入ってしまった。

 シロとクロは喜んで走って行く。

 あたしもドッグランの柵から出て、二頭を追いかけた。

 そのときだった。

「お嬢さま。お披露目会でお目に掛かったとかいうご友人がいらしておりますだよ」

 庭師のジョアンさんが、麦わら帽子をとって、軽く頭を下げる。

「お披露目会で? じゃあ、ナタリーかしら」

 あたしは少し考え込んでから、門のところに駆けつけた。 おうちが商人をしていると言ってたナタリー・ポルトなら、お友達になってねって約束をした覚えがある。


 けれど、門扉の向こう側にいたのは、ナタリーではなかったの。


「……アイリスさん?」

 か細い少女の声が、震えた。

 佇んでいたのは、あたしより少し年上の少女。

 茶色い巻き毛、優しそうな茶色の目。

 身なりは整っていて、服装からうかがえるのは、貴族ではないけど羽振りの良い家のお嬢さんなんだろうってこと。


 でも、おかしいわ。

 そんな人が街中に一人でいるなんて。絶対に、頼もしそうな護衛のおじさんとかメイドの一人や二人はいるべきなのに。

 それに、あたし。この少女に見覚えがないの。

 初めて出会った子だわ。

 首を傾げていると、少女が、言った。


「ごめんなさい、アイリスさん。お願い、私と一緒に来て……」

 血の気の失せた手を、差し伸べる。

 あたしはちょっと、引いた。


《…イリス…》


 このとき。耳元で、見知った囁きがなかったら。

 たぶん、あたしは逃げ出していた。歳の近いおともだちは今までいなかったし、用心する気でいたから。


《大丈夫、私がいるから》


 え~と。この囁き、カルナック師匠ですよね?


《敵は、私やアウル、リドラたちが離れている今が絶好の良い機会だと思っているのさ。いやだろうけど、その子を……こちら側に招き入れてごらん》


 う~。何か企んでいるんでしょうねえ?


「私、ナタリーの、いとこなの」

 おずおずと少女が、言い訳のように呟いた。


「あなたは、どなた? わたくしは、あなたのお名前も存じ上げませんけれど」

 よそゆきの言葉で答える、あたし。この際だからルイーゼロッタ先生に教わったマナーの実践ね。


「私は、クララ」


 門扉の横に開いている通用口が、開く。


「お願い。私についてきて。でないとナタリーの家が」

 クララが通用口から入ってきた。

 思い詰めた表情と、震える、手。


 あたしはカルナック様の提案に乗ることにした。

(お師匠様。絶対に助けてくださいよ!)


 ひやりと冷たい、クララの手を握る。

 とたんに、あたしとクララの足下に、魔法陣が出現したのだ。


 それは、真っ黒な……陣だった。


 視界が黒い闇に覆われたようだった。

 さあっと、血の気が引いて。

 気持ちが悪くなった。

 吐き気が、しそう。


          ※


「おい、おまえ!」

 なんだか偉そうな物言いに、目を上げる。


 あれれ?


 そこは、狭い室内だった。

 日本の感覚で言うと六畳くらいの部屋で、少し暗い。

 どうして? 急にこんなところに?


 転移魔法陣?

 しかも、これ……師匠が言ってた『自然には存在しない法則によるもの』だよね?

 エルレーン公国の法律では違法な。

 ここ、どこなの。ホントに。


 目の前にいるのは、クララじゃなかった。


 金髪に、金茶色の目。日焼けしているために浅黒い肌をした、十歳くらいの男の子が、床にあぐらをかいて座っていたのだ。

 身なりは、かなりの……最上級の布地でできた、見慣れない服を纏っている。


「だれ? あなた」

 あたしは不快を隠さない。


「おれを知らないのか? もの知らずだな。面白そうなのがいるというから呼んでやったのだ、アイリスとやら。《先祖還り》だそうだな」


 どきっとした。

 なんでそんなこと知ってるのよ!

 だいたい、名前を言いなさいよ!

 ナタリーとクララはどうしたの?

 疑問と驚きと怒りが、一度にわき上がった。

 どうしよう、あたしはもしかしたら自覚していなかったけど、怒りっぽいのかな?


 そんな、あたしの心の中の嵐も知らないで、少年は、傲岸不遜に言い放った。


「なあ、おまえ、何か芸を見せろ」


「はぁ!?」


「おれは退屈している。面白ければ、気は進まんが、おまえを娶ってやらんこともない」



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