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第5章 その48 生涯にわたる大親友で、心の友


          48


 ぱあっとあたりが明るくなるような、華やいだ少女の笑顔を向けられ、《呪術師》は、肩をすくめた。

「あなたにはかないません、公女殿下」


「そうでしょう?」

 黄金の髪の公女は、胸を張った。


「でも、殿下とか堅苦しいのはいやです。先日、ルーナって呼んでくださるって、お約束していただいたでしょう?」


「……そう、でしたね。ルーナ姫。ですが共の者も連れずに、私のような素性の知れない者のところへいらしてはなりません。エルレーン公国中に名だたる月晶石の姫の、世間の評判に差し障ります」


「あら、だって《呪術師》さまは高貴な血筋の御方でしょう? レギオンの……」


「姫」

 人差し指を立て、《呪術師》は追求を禁じる。

 ルーナリシアは、はっと小さく息を呑む。


「わかりましたわ、秘密でしたわね。では、《呪術師》さま。その方を紹介してくださいませ。とっても魅力的な、綺麗な方ね」

 期待に満ちたキラキラした目で見る。


(綺麗? 同情にしてもあり得ない……美しいのは、このお姫さまだわ。内側から柔らかく光ってる……。まるで、慈愛に満ちた真月まなづきの女神さまみたい)

 ルイーゼロッタの足がすくんだ。

 だが、それでも少女の姿に惹きつけられ、目を離すことなどできなかった。


「しかたありませんね。ルーナ姫。こちらはルイーゼロッタ。今日から、この部屋で暮らすことになりました。身寄りが無いのです」


「はじめまして、ルイーゼロッタさま」

 ルーナ姫は優雅に身をかがめた。


「ルイーゼロッタ。こちらはルーナリシア殿下。このエルレーン公国大公の公女殿下だ。気さくな方だから、かしこまることはない」


「はじめまして、ルーナリシア殿下。ルイーゼロッタと申します」

 ルイーゼロッタは身を屈め、目線を落とした。


「どうぞルーナと呼んでくださいな! わたくし、お友達が居ないの。仲良くしていただけたら、とっても嬉しいわ!」

 言うやいなや、ルーナ姫はさっそく行動に移した。

 身を固くしているルイーゼロッタに勢いよく飛びついて抱きしめ、ころころと、明るい笑い声をあげたのだった。


「それにね、ここはわたくしが十二歳まで住んでいた子供部屋なの!」


「え、そうなんですか? とってもすてきなお部屋ですね!」

 ルイーゼロッタは、早くも芯から明るいルーナ姫のペースに巻き込まれていた。


「でしょでしょ! わたくしのお気に入りは、あの文机。それからテーブルランプよ。お花をかたどってるでしょ」


「私も、だいすきです」

 ルイーゼロッタは顔を赤らめ、ぽつりとつぶやいた。


「気があうわね! これからよろしくね! そうだわ、着替えはちゃんとさせてもらったのかしら? お付きの侍女は?」


「ルーナ姫様。わたくしがお世話をさせていただくことになっております」

 進み出たネリーの姿に、ルーナリシア殿下の表情がほころんだ。


「よかった! ルイーゼロッタ。ネリーは、二年前までわたくしの身の回りのことをしてくれていたのよ。信頼できるわ! 安心してね。《呪術師》さまも、気を配ってくださるんでしょう? ねえ、これから、たびたび遊びにきてもいいでしょ?」


「なりま……」

 この部屋まで付き添ってきたルーナ姫の侍女が困惑しつつ答えようとしたとき。


「だめです」

 きっぱりと、《呪術師》が断言した。

「今の彼女は、平民です。姫君の遊び相手ではありません」


「存じてますわ、ですけど、私人として遊びにくるくらい!」


「当分の間、できるだけ外界との接触を避けて、静かに過ごしたほうがいいのです」


《呪術師》の返答に、黄金の髪をした『月晶石ルーナリシア』の公女は、満足できないように、表情をこわばらせた。

「けれども、それでは寂しいですわ。鳥籠に閉じ込めて飼うような扱いが、彼女の望みでしょうか?」


「それは……」

《呪術師》の黒い目に、青い光が浮かんで揺れた。シラーを持つ宝石のように。


「……そうですね。私とて彼女を小鳥のように閉じ込めるつもりはありません。ルーナ姫、友達になってあげてください」


「もちろんですわ!」

 まだルイーゼロッタに抱きついたままのルーナ姫の瞳が、生き生きと輝いた。


「あたらめて。お友達になって、エリ……いえ、ルイーゼロッタ」

「こちらこそ……本当に、いいのでしょうか? 姫様」

「ルーナって呼んで。わたくしたちは、生涯の大親友なの!」

「はい。ルーナ」

「誓って。あなたも。生涯の大親友、心の友、だって」

「わたしはあなたの生涯の大親友。心の友……」


 黒髪に黒い目の少女と、黄金の髪に金茶色の目をした少女は、手を取り合って、微笑みを交わした。

 二人は年頃も同じ、十五歳くらい。

 対照的なのは、身だしなみだ。

 公女であるルーナリシア殿下に対してルイーゼロッタは、先ほど公子フィリクスに謁見した際には救出された際に身につけていたぼろぼろの服で、この部屋に入ってからネリーの手で清潔な亜麻のワンピースに着替えさせて貰ったばかり。髪や肌の手入れも行き届いていない。


「いいことを思いついた」

 《呪術師》は、破顔する。

「ルーナ姫。ルイーゼロッタ。二人とも、私が今年から創設した『エルレーン公立学院』に入りなさい」


「え?」

「え?」


「それは、ようございますこと」

 きょとんとしている少女たちに代わり、ネリーが答えた。

「あなたさまなら、お二人によいように導いてくださいますでしょう」


「もちろんだ」

《呪術師》は力強く請け合った。


「このエルレーン公国首都シ・イル・リリヤに開かれた学院は、生徒たちを守り育てる。学生達は全て、あらゆる危険から守られ、知識を学び、人生を乗り切るすべを身につけるのだ」


 このときから。

 滅亡したエリゼール王国の王女エリーゼは、身分を捨て平民の少女ルイーゼロッタとしてエルレーン公国の公女ルーナリシアの生涯にわたる親友となり、あらたな運命へと乗り出した。

 ルーナ姫ことルーナリシア公女もまた。平民の学生にまじり学び舎に集う生活を通して、本当の人生に向き合う。





 彼女たちが縁を結ぶ将来の伴侶について語るのは、また別の機会に。




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