第5章 その43 ツンデレ先生の授業と、ティータイム限定?
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ルイーゼロッタ先生の授業はエステリオ・アウルの書斎で行われる。
先生がいらっしゃるための外部に繋がる転移魔法陣が設置してあるのは、このラゼル家邸宅の中で、この室内と、子供部屋の前の廊下だけ。
エステリオ・アウルは特別任務で留守にするし、授業に使うのにちょうどいいだろうということになった。そう決めたのはカルナック師匠なので誰も異論はなかった。
部屋の中にはルイーゼロッタ先生とあたし。専属小間使いのローサはドアの横に立って、控えている。
「ごきげんよう、アイリス・リデル」
「ごきげんよう、先生」
「全ての基本は挨拶と姿勢からですよ。アイリス・リデル。鏡を見れば自分が人にどう見えるかが、よくわかります。やってごらんなさい」
「はい、先生」
あたしは鏡の前に立つ。全身が映る銀製の姿見で、縁には四季の草花や小鳥たちの意匠が彫り込まれている。
鏡に映るのは黄金の髪に緑の目をした幼女、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
六歳と二ヶ月。
手を伸ばしてドレスを両側から軽くつまんで持ち上げる。
「背筋を伸ばして! うつむかない」
ルイーゼロッタ先生の張りのある声が響く。
「動作はゆっくりと丁寧に。指先を意識して。左足に重心を置いて、右足を左足の後ろに持って行きます。ぐらつかないように」
「はい」
「では、ここまで。挨拶をする相手によって所作が変わります。一度に全てを覚える必要はありません」
ルイーゼロッタ先生はローサに目をやった。
「お茶の用意を」
「心得ました」
背筋を伸ばしたまま、目線を下に向け、軽く膝を曲げるローサ。
テーブルに置かれた小さなベルを鳴らすと、ほどなく、
「お茶をお持ちしました」
ドアの外から声がかかる。
ローサがドアを開ける。
トリアさんを筆頭にメイドさんたちが次々に入ってきた。
テーブルクロスを広げるメイドさん。トレイに茶器を乗せたメイドさん、お菓子を持ったメイドさん、ポットを持ったメイドさん。
お茶を持ってくる時間もルイーゼロッタ先生の指示で前もって決めてあるので、準備万端のメイドさんたちが待ち構えていたわけなのだ。
トリアさんが椅子を引き、ルイーゼロッタ先生が座る。
ローサが、向かい側にあらかじめ置いてある子供用の椅子を引き、あたしも座る。
テーブルの上にセッティングされていく茶器と焼き菓子。
薄手のティーカップとお皿、銀のティースプーンは、あらかじめ温めてある。
ポットから注がれたのはミルク。別のポットから紅茶が注がれて、カップの中でミルクティーになる。
アールグレイ? 柑橘系の香りがふわっと漂う。お菓子はマドレーヌみたい。バターの香りが……美味しそう。
お昼は食べてるのにな~。
幼女の食欲、おそるべし!
うう、いますぐ飲んだり食べたりしたいけど、これも授業なので!
ルイーゼロッタ先生が先に、お茶菓子を手に取り一口サイズに割って口に入れ。
飲み込んでから、ティーカップを持ち上げる。
なんて優雅な所作なんでしょう。
え、こんどは、あたし?
先生の視線を意識しながら、できるだけ優雅にティーカップを口に運ぶ。
あっ、ちょっと熱い!
「お砂糖は入れないの?」
あたしを見つめていた先生の口元が、ほころんだ。
「え、えふ」
しまった、焦って妙な返事をしてしまったわ!
「いいんですよ、アイリス・リデル。お茶の時間くらいは、楽にして」
とても穏やかな表情で、微笑んだ。
「それと……いつまでも先生ではなく。これから深く知り合っていきたいですから。愛称で呼んでくれませんか? ティータイム限定ですけど」
「ティータイム限定で?」
なんだか、それがとてもおかしかった。
「やっと笑顔になりましたね。ずいぶん緊張を強いていましたか? もっと気を楽にして。エーヴァ・ロッタと呼んで。こっちは親しい人が呼ぶほう。ルイーゼロッタというのは、代々継いできた公式名なもので、どうもいつまでも慣れない」
ティータイム限定の魔法かしら。
先生の表情や口調が変わってきてます。なんかカルナック様を彷彿させるような……。
もしや先生も、ツンデレ?
あたしはふと、先生のことを初めて聞いた、晩餐会でのことを思い出した。
※
「エーヴァ・ロッタ?」
あたしはうっかり声に出してしまっていたみたい。カルナックお師匠様の他には誰も気づかなかったみたいだけど。
お師匠様は、笑って。
「意地っ張りのおてんば娘エーヴァ・ロッタ。ルイーゼロッタの愛称だよ。いつかきっと、そう呼んでもいいと言ってくれるだろう。アイリス、君になら」