第5章 その41 シロとクロと、ルイーゼロッタ先生
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今、あたし(アイリス)の近辺には、護衛はいないように見えるかもしれない。
だけど問題ない。
傍目にはそれとわからないだけで、魔導師協会に属する若手魔法使いたちの『目』と『耳』が、我が家を監視してくれているのだから。
何より、カルナック師匠が貸してくださった二頭の『従魔』が、常に付き従ってくれている。
あたしは「シロ」と「クロ」と呼んでいる、もふもふの白い子犬と黒い子犬だけれど、いざというときには成獣に戻って戦ってくれる。
本来は白い毛に縦縞が入った『大牙』と、漆黒の毛並みをした『夜王』という種類の魔獣なのだ。通常、人里離れた山奥に生息している。カルナック様が小さい頃に出会って『従魔』にしたのだそう。
当初からずっと成獣のままでいたそうだから、あたしと仮契約をしたとたんに縮んで子犬になってしまったのを見て、カルナック様ときたら!
大笑いしていましたよ。
『長生きはするものだな。こんな面白いものが見られるとは!』だって。
『それに「シロ」「クロ」か。名付けも興味深いね』
子犬形態になった二頭を撫でまくり、ふかふかもこもこの毛並みに顔を埋めてうっとりしていたカルナック様は、子供みたいな笑顔で、それはもう楽しそうだったから、いいですけどね。
「お師匠様に楽しんでいただけて、光栄ですわ」
カルナック様の一番新しい弟子となった、あたしは、そうお答えしました。
もちろん、小さなレディらしく優雅に。
魔導師協会と国家警察は、エルレーン公国を中心とした広域で誘拐、人身売買、窃盗、麻薬販売など犯罪の多角経営を行っている組織に対する捜査を行っている。
ラゼル家の先代当主だったヒューゴーお爺さまもこの組織に関わっていた。
重要人物の一人だったと思われる。
けれどお爺さまはあたしの『お披露目会』で『魔の月』に捧げる怪しい儀式を行おうとして引き起こした事件の結果、自業自得なんだけど、セラニスに生命力を奪われたのだろう、ミイラみたいに干からびて亡くなってしまっていたから。背後関係を洗い出すのに手間取っているのではないかしら。
この事件について、亡くなったお爺さまに同情する気はひとかけらも起きない。
思い通りにできなかった、あたしのお父様マウリシオを疎み、お気に入りの末の息子エステリオ・アウルに対して行っていた非道を、許すつもりは、これからも生涯にわたって、絶対にないと断言する。
むしろ「この、くそじじい!」だわ。
あたしは小さくてもレディだから、口には出しませんけどね。
お爺さまは、あたしやお父様、お母様、エステリオ・アウル、我が家に勤めている人たち、それに『お披露目』に集まってくださったお客様たちの生命までも、怪しい仕掛けで奪い取ってセラニス・アレム・ダルに贄として捧げようとしていたのだ。
事件の背景と、犯罪組織の捜査のために、メイドに扮して護衛をしてくれていたリドラさん、ティーレさん、家庭教師のヴィーア・マルファ先生、それにエステリオ・アウルとエルナト様も駆り出されているのだ。
本腰を入れて捜査を行っているに違いない。
※
「お嬢さま、そろそろお迎えの刻限でございます」
ローサに促された、あたしは。
昼食後、身を横たえて休息を取っていた長椅子から、ゆっくりと起き上がる。
午後からおいでになられる、ルイーゼロッタ先生をお出迎えするために。
※
新しくお迎えするマナーの先生については、エステリオ・アウルたちが特別任務に駆り出される前、カルナック様やエルナト様も交えた晩餐会の席で、お父様に伝えて頂いたのだけれど。
「アンティグア家にいらしたルイーゼロッタ・エリゼール様ですと!?」
お父様の驚きようといったら。
「あの貴き御方が、我が家の天使アイリスをご指導くださるというのですか!」
……はい?
いや天使て。お父様にツッコミたいけど、できる雰囲気ではなく。
もしかして、ものすごい有名人にマナーを教わることに?
ふと見るとお母様は無言で、真っ青になっているし。
メイド長のトリアさんと執事のバルドルさんは、いつもは冷静沈着なのに、明らかに動揺を隠せないようす。
……また、なんか、やらかしてしまった感が、ぷんぷんとしました。
うっかり失念していたわ。
カルナック様とその周辺は、常識を遙かに超えているというのに、あたし、慣れすぎてしまってたのかな!?
そうそう。
どれくらい普通でないかというと。
ルイーゼロッタ先生は、魔法陣を使って我が家にやってくるのです。
保有魔力が通常レベルより上でないと発動できない、魔法陣で。
……マナーの先生、だよね?