第5章 その40 シロとクロのいる日常(少しだけ修正)
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あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、六歳と二ヶ月。
毎朝起こしてくれるのは、子犬のシロとクロ。
カルナック様からお借りしている、従魔です。
見た目は、もふもふの子犬。
純白の毛並みにうっすらと灰色の縦縞が入っている、シロ。
漆黒の毛並みが、クロ。二匹とも、目の色は明るい青。体内にすっごく魔力がいっぱいあるっていうことを示している。
従魔を貸してくださるとき、カルナック様は少しばかり物騒なことをおっしゃってた。
「君に甘いヴィーやリドラがいない間は、自習にちょうどいいだろう。君を狙うやからでも出てくれば、面白いことになるのだが。みものだよ」
今はこんなに可愛い子犬の姿だけど、いざというときは魔獣本来の姿に戻って、あたしを守ってくれるのだ。
でも「いっそのこと誘拐とか強盗とか、敵が現れてくれないかな。『目』と『耳』をつけておけば、ここの様子は筒抜けに見てとれるし」なんて、楽しげな笑顔で言わないで欲しかったです、カルナックお師匠様。
それを聞いたエステリオ・アウルは青ざめるし。
リドラさんもティーレさんも、すっごく不安そうだった。
「まさか、それを見たいがために仕込みなんてやりませんよね?」
おそるおそる尋ねたのはエルナト様。
「何を言う。わたしがそんな遊びのために面倒臭いことをすると思うのかね?」
カルナック様は憤慨していたけれど、同席する全員の表情は、カルナック様ならやりかねないと確信しているようだったわ。
……それはないと思いたい。
だって今は、大規模な誘拐・人身売買組織を摘発するために潜入捜査とかその他もろもろですっごく忙しいはずだもの!
そんな、遊んでるヒマなんか……ない、よね?
「もちろん、そんなまだるっこしいことを私がするはずないだろう」
人の悪い笑みを浮かべる。
「だが、万が一のときの『最終ワード』を教えておく。この子たちの『名前』だ。いざというときには、言いなさい。そうすれば私も、何を置いても駆けつけると約束しよう。いいかい、この子達の『真の名前』は……」
そうおっしゃって、教えてくださったの。
反則だわカルナック様。
そんな素敵な約束。
ともかく、あたしの日常は、シロとクロと共に起床することから始まる。
可愛いペットで、頼もしい護衛。
そして、あたしの遊び相手!
三歳ぐらいまでは病弱で自宅にこもっていたから、誰もお友達はいなかった。
一緒に走ったり遊んだり、すごく楽しい。
「おはようございます、お嬢さま」
毎朝の夜明け頃、あたしの専属小間使い、ローサがドアをノックする。
「お目覚めでしたか。よくお眠りになられました?」
「もちろん、ぐっすりよ。おはようローサ!」
シロとクロは、早速ローサに駆け寄って、頭をぐいぐい、足先に押しつける。
「シロ、クロ。お嬢さまの護衛、ご苦労さま」
二匹の頭を撫でながら、嬉しそうに笑う、ローサ。
そんな様子を見ているあたしも嬉しくてたまらない。
「それにしてもなんて可愛い! ほんとに魔獣なんでしょうか?」
ローサも、お父様やお母様と同様、シロとクロに夢中だ。
魔獣であるシロとクロの姿は魔力を持たない人間であろうと、誰にでも見えて、触れることもできるのだ。
だから、もしも向こうからやってくれば敵を攻撃することもできるわけ。
……なので。
この後メイド長のトリアさんを筆頭にやってくるメイドさんたちを間違って攻撃しないように教えこむのがけっこう大変だったの。あたしの着替えのためとはいえ、メイドさんたちはものすごい勢いで突撃してくるんだもの。
我が家にやってきて一週間たったシロとクロは、怒濤のお着替えタイムの間、じっと待っていることができるようになった。
つまり『待て』を覚えてくれたの。
あとは、いざって時の『行け!』だな……いやいや。カルナック様に影響されたかしら。すぐ戦うなんて考えたりして。
※
お父様、お母様と一緒に朝食を終えると、お仕事にお出かけするお父様のお見送りをして。その後、お母様は、奥さまたちの社交外交のための身支度にとりかかる。
毎朝の決まった行事。
「アイリス、ごめんなさいね。いつも一緒にいてあげたいのに、なかなかできないわ」
「ううん、たいせつなおしごとだもの」
そうするとお母様は、あたしをぎゅっと抱きしめてくれる。
「お父様もお母様も、あなたを全力で守るわ」
あたしも、ハグを返す。
「だいすき、おかあさま!」
お見送りのあとは、自習。
ヴィー先生が受け持っていた、魔力、体力を鍛える授業だ。
隠し部屋は、リドラさんたちが留守のときは使わないように指示されている。
だよね。
限界まで魔力を使い切るための特別仕様の部屋だもの。
一人で籠もっているうちに魔力切れになって倒れるとか、やっちゃダメだ。
カルナック様に頂いた課題。
一つには、シロとクロをいつも連れていること。
二つ目は、毎日、少しずつ、二頭に魔力を意識して注いで、変化の徴候がないか、様子を見ること。
育成ゲームみたいな気分です。
お父様におねだりしてお庭に作って貰った、犬に見える魔獣たちのための遊び場で、ゆったり犬たちを走らせるの。
そう、ドッグラン!
スノッリさんたちドワーフの方々の傑作です。
柵で囲ってあるけど、中にいるのが魔獣だってわかるように細い金属の檻みたいな感じに仕上げられている。
我が家の玄関には『危険。屋内で魔獣を放し飼いにしています』と札が掲げてある。
犯罪の予防のためにね。
間違って我が家に侵入しようなんて泥棒さんがもしいたら、大変な目にあうのは、泥棒さんだもの。
そして、ひとりで食べるお昼ご飯。
両脇にはシロとクロがいてくれるから、それにローサもトリアさんも執事のバルドルさんもいてくれるから寂しくないし、安心感に包まれている。
お昼ご飯の後は、身体を休めて。
午後からは、マナーレッスン。
担当は、ルイーゼロッタ・エリゼール先生。
淡い金髪に、金色がかった茶色の目、色白で。
とても上品かつ清楚な雰囲気の、年齢不詳美女!