第5章 その39 新しい護衛はもふもふです!(修正)
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あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの朝は早い。
目覚めるのはいつも夜明けよりも前。
しばらくは寝床でまどろんでいる。
ベッドから出るのは寒いし。
けれど、ずっと寝かせておいてはもらえない。
ベッド脇、頭の両側から、聞こえてくるんだもの。
ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン
子犬の鳴き声だ。
左右に一匹ずついる。
寝たふりをして放っておくと、やがて、二匹はベッドに飛び乗ってくる。
しめった温かい鼻先を押しつけて匂いをかいだりくんくん鳴いたりして。
ふわふわの毛を、ぎゅうぎゅう押しつけてくる。
目を開けると、あたしの顔を両側から挟んでいる、白と黒の子犬がいる。
この子犬たちが毎朝起こしてくれるの。
「ふふっ」
自然と笑顔になる。
「シロ、クロ。おはよう!」
「わふ~ん!」
「わふ~ん!」
腕の中に飛び込んでくる、二匹の子犬。
名前はシロとクロ。
安易だっていうのは認める。日本語なんだけどね。
最近、我が家には、もふもふ成分が投入された。
白犬と黒犬、二頭の子犬。
これは仮の姿で、本来は成獣で犬じゃなくて魔獣。カルナック様が、あたしの身を守るための『従魔獣』にするようにって貸してくれたの。
だけど、二頭とも、あたしと『従魔契約(仮)』を交わしたとたんに縮んで子犬になっちゃった。
彼らは主から魔力を貰って存在を維持するんだって。だから主の魔力の大きさに影響される。
あたしから与えられる魔力だと、ずっと成獣でいるのは難しいんだって。
カルナック様、どんだけすごいの。
どうしてこういうことになっているかって。
それは一週間前のこと。
無事に退院して帰宅したエステリオ・アウルを迎えた我が家。
エルナトさんやヴィー先生、ティーレさんやリドラさんもお客として招いた夕食会に、カルナック様がコマラパ師を伴っていらしたの。
そして、厳粛に告げた。
「今夜は家族と団欒して英気を養うが良かろう。申し訳ないが、三日後には、特別任務を申しつける。しばらく留守にすることになる」
あたしもお父様お母様も驚いた。
けれどもエステリオ・アウル叔父さんは、前もって聞いていたのか、心の準備をしていたみたい。そしてティーレさんたちも。
「もちろん承知しています」
……どういうこと!?
あたしは怒りまくりだったけど、やっぱり前もってリドラさんから詳細を聞いていたから、おとなしく聞いていた。
もしここに、あたしの守護精霊たちがいたら、彼女たちが怒って大変なことになっていただろうけど……みんな、今はまだ『卵』に戻ってしまっているし。
魔法使いたちにとって、特別任務に対する拒否権はない。
いざというときに魔導師協会の仕事に動員されるリスクを了承したうえで日頃の保障を受けられるのだ。
後のことを考えずにあたしが怒ったりしたら両親に、何よりもエステリオ・アウルに迷惑を掛けてしまう。
「せっかく退院したのに悪いが魔法使いは総動員だ。エルナトやヴィーア・マルファも。だが、リドラとティーレにはアイリス嬢の護衛を続けてもらう」
「そんな! 師匠、わたしたちも任務に連れて行ってください!」
リドラさんとティーレさんは驚いたようで、異議を申し立てた。
「だめだ」
取り付く島もない。
「なぜですか!?」
なおも食い下がるリドラさん。
カルナック様はリドラさんを見て静かに言った。
無表情な青い瞳からは、感情を窺い知ることができない。
「きみが以前いた所と同じ組織だった。だから不快な思いしかしないだろう」
「だからこそです。わたしは奴らに借りを返したい!」
リドラさんは譲らない。
「でも大丈夫です、ティーレは置いて行きますから!」
「はぁ!? バカかお前! どこの過保護の親だ! だいたい上司は、あたしだ! お前みたいな危なっかしいヤツを一人で任務に出せるか!」
この場で最初に声を荒げたのは、ティーレさんでした。
それからはティーレさんとリドラさん、それにヴィー先生まで加わって言い合いになってしまった。
カルナック様は慣れていた。呆れて生温かい目で見ていたようだし、エルナトさんとエステリオ・アウルは用心してか、発言を控えていた。
ついにカルナック様が折れました。
「わかったわかった。みんな任務に連れて行く! アイリスの護衛には私がちょうどいいのを貸してあげるから」
次の瞬間には、カルナック様の足下に、白い毛並みの大きな魔獣と、真っ黒な毛並みをした魔獣が現れた。伏せの状態で。
「よしよし! また遊んでやるからな、良い子にして、彼女を護衛してやりなさい」
「グルルゥ」
「わふぅ!」
二頭は、言葉はしゃべりませんでした。
大きな犬にしか見えないんですけど。
あ、よく見たら黒いほうは黒豹みたい!
白いほうは、うっすら縦縞があって、大きな牙がはえてる。
……ホワイトタイガー?
「え~!?」
「なんですそれ」
「魔獣ですよね?」
ティーレさんたちは一斉ブーイング。
ただリドラさんだけは、思い当たるふしがあったみたい。
「師匠、それ……今頃ですか?」
って言ったから。
「最近は休ませっぱなしだったからな。知らない者も多いだろうが。これは昔から私が従えていた魔獣なんだ。よくなついているから大丈夫!」
「いや大丈夫なんですか、師匠は、いざっていうときの守護魔獣がいなくて」
リドラさんは師匠を気遣う。
「だから最近は使ってなかったって言ってるだろう!」
ついにカルナック様が怒って、でも、すぐに気を取り直しました。
「私には、この子で充分だよ」
空中に両手をのばしてかざした。
ひょっとして、まだ従魔がいるの!?
ぽんっ!
軽い音がして、カルナック師匠の手のひらに出現したのは……
ウサギでした。
真っ白な毛並み。
目の色がアクアマリンみたいな青色だということを除けば、ごく普通の白ウサギ。
「ひさしぶりに召喚したけどね。私には、この『ユキ』がいればいい」
子供みたいな顔で、笑った。
名前が『ユキ』って。
それ日本語ですよねカルナック様?
コントみたいなやり取りでした。
カルナック様からお借りした、それが、この子たちなの。
あたしが起き上がると、嬉しそうにベッドから飛び降りる、二匹の子犬。
シロとクロ。
本来はカルナック様の命名した名前があるけど、今は子犬状態だから、あたしの好きな呼び名でいいっておっしゃったの。
ともかく、もふもふ!
もっこもこで、あったかくて柔らかいの。
手触りが気持ちいいの。
それに、とっても頼りになる護衛なのです。
ローサやメイドさんたちからも好評だし、お母様とお父様も気に入ってるもの。
本来の目的とは違うような気がしないでもないけど。
可愛いから、いいわよね!
カルナックが小さい頃(500年前)に従えた魔獣たちです。最近は寝かせたきり。使ってやろうよ……ってことで。