第5章 その36 カルナック様は天然無自覚の女たらしでした(修正)
36
透き通るように白い肌っていうけど本当にあるんだって、カルナック様を見ていると思う。
男性とも女性とも思える、性別を超えた人間離れした美貌の、背の高い人物。
腰まで届く黒髪を緩い三つ編みにして、濡れたような漆黒の瞳は、溢れ出る魔力を示すアクアマリン色の光を宿して輝く。
「この私、カルナック・プーマは魔導師協会の長にして誰よりも保有魔力は多く、その扱いにも長けている。それに、私は既に『ヒト』ではなく『精霊』に近い存在だ。この《世界》が終わるまでは死ねない」
死ねない?
死なない、じゃなく?
「だから眠る必要などもないのだよ」
頼もしい笑顔。
けれど、あたしはカルナック様を見ていると時々すごく不安でたまらなくなる。理由はリドラさんが感じているのと同じ。
あまりにも桁外れの魔力を備えた、美しすぎるカルナック様。
いつまで人間の世界にとどまっていてくれるかしら。カルナック様を育てた精霊たちにいつか連れて行かれてしまうのじゃないか、って。
「約束ですよ。わたしが学院に入ったら、お弟子にしてくださいね」
「きみはとっくに私の生徒で、特別な弟子だよ」
薄く、微笑んだ。
力強いのに、儚く思えるのは、なぜ?
「カルナック様! どこへも行かないでください。アウルとわたしを、人間たちを見捨てないで!」
不安でいっぱいになって、あたしは思わず本音を口にしてしまった。
「どうしたんだい。心配することなど何もないよ」
カルナック様の手が、あたしの頭を優しく撫でる。
触れた指から、ものすごく強力なエネルギーが流れ込んでくる。
くらくらする。
まずいですカルナック様。
あたしはなんとか立っていられるし持ちこたえられるけど、きっと、通常の人間なら、すぐに力負けしてあなたに従属してしまうに違いありません。絵本の物語に出てきたようなどんな凶悪な魔獣だってすぐに従ってしまうと思う。
「私の一番幼い弟子、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。約束しよう。私は、きみが望む限りは、人間の世界を離れたりしない。そのかわり、きみも、私と同じように長く生きることになる。覚悟してもらうよ」
「はい」
あたしは頷いて、少し気になって、続けて尋ねた。
「……アウルは?」
カルナック様は、くすっと笑った。
「きみが望むなら。彼も同じだけ生きると約束するよ」
「ありがとうございます! カルナック様」
「これからは、師匠と呼ぶように」
「はい、お師匠様!」
「やったー! これでアイリスちゃんも、わたしと同じ、弟子仲間ねっ!」
リドラさんがカルナック様に飛びついて頬ずり。
「やめなさい、リドラ。子供みたいに」
たしなめているようだけど楽しげなカルナック様。
「だって嬉しいんですもん!」
リドラさんは、カルナック様を離すと、あたしの両脇の下に手を入れて持ち上げ、くるくると回った。
精神年齢はともかく肉体的にはまだ六歳児であるあたし、アイリスは、とても抱っこしやすいと思う。リドラさんって、妖艶美女な見た目からは意外なくらいに腕力があるしね。
「リディずるい! わたしもアイリス嬢を抱っこしたい!」
ヴィー先生まで、そんなこと言う。
するとアウルは急いで、あたしを抱っこしているリドラさんとヴィー先生の間に割って入った。身体を動かすのに少し苦労しながら。
「ヴィーはダメだ。邪念がある! それにリディも、アイリスはわたしの婚約者なんだからな! 抱っこ権利は譲らないっ」
それにしてもなんでアウルまで張り合うのかな?
「あらぁ独占宣言? でもアウルはまだ無理でしょ、体力戻ってないし。つかまり立ちを卒業してからおっしゃいな!」
リドラさんはあたしを離そうとはしません。
「それにヴィーもダメよぉ。幼女好きだものね~」
「からかうな、リディ。看護師さんが真に受けたらどうする。わたしは純粋にアイリス嬢の家庭教師として接している!」
「あっはははははは! きみたちは実に面白いな!」
呆れるあたし。
取り合う? アウルとリドラさんとヴィー先生。
カルナック様は爆笑していました。
「みなさん、患者さんのリハビリがまだ終わっていません。他の患者さんもいらっしゃいます。お話し合いは外でお願いしますね」
ついに看護師さんの厳重注意です。
笑顔だけど、軽~く、怒ってるかもです。
「お騒がせして申し訳ない。マッジ看護師」
カルナック様は看護師さんの手を取り、恭しい優雅な仕草で、手の甲に口を寄せる。
「あ、あの……もったいないお言葉ですわ……」
頬を染め、とろけそうな表情の看護師さん。
「どうしてわたくしの名前なんかご存じなんですか。名札には姓のほうしか表記していませんのに」
「この私に隠し事などできませんよ。美しい方のお名前ぐらい、すぐにわかります」
「ま、まあ……美しいだなんて、おたわむれを」
「あなたはご自分の美しさを知らないとでも? 謙遜に過ぎますよ」
再び、カルナック様は微笑んで。
看護師さんの手を掴んで身体を引き寄せたのです。
え~。
さりげなく肩とか背中とか腰に手を回してしませんか、カルナック様?
これ、なんてナンパ?
確かにマッジ看護師さんはとてもきれいな人ですけど。
「あなたとは後ほどまた個人的にお話ししたいものです。二人きりでゆっくりと」
顔を寄せて耳元で囁く。
「……はい、喜んで」
消え入りそうな声で、うつむいてしまったマッジ看護師さん。
やばいわ。
落ちましたね。
看護師さんもカルナック様のとりこに。
そういえばうちの、あたし専属小間使いのローサも、最初にお会いして手の甲に口づけされて以来、カルナック様のとりこになっていたわ。
これっていったい、どういうつもりでやっているの!?
ふと気がつくとリドラさんもヴィー先生も、アウルまでも、同じ表情でカルナック様を見ていた。
ああ、みんなの心の声が聞こえるわ。
……カルナック様の女たらし。……と。
「ではアウル、終わったらロビーに来なさい」
アウルと看護師さんを残して、あたしたちはリハビリ室を後にしたのでした。
リハビリ室にいた他の患者さんや看護師さんたちは、目を点にして、呆然と見送っています。
そればかりか、他の看護師さんたちが「マッジ、なんて羨ましい……」「この次は私がアウルさんの担当になるわ」「あら、私よ」って呟いていたのが聞こえた。
「なんてことをしてくれるんですか……」
アウルは青くなってた。
ごめんね、アウル。あたしたちカルナック師匠には逆らえないわ。
「師匠はあれで天然無自覚だから始末に悪い」
あたしの手を引きながら、リドラさんは、ため息をついた。
「確かに女性好きだしね……」
「えっほんとに!?」
「そうだよ、師匠は熟女に弱いよ」
リドラさんの情報、ほんとなのかな?
ちょっと笑ってるよね?
「だよね……ぷくくく」
ヴィー先生も笑い声がもれてるよ?
いずれ真偽を確かめなくちゃ!
なぜって、もしそうなら、アイリアーナお母様が心配だもの!
お母様はとっても美人なんだから。