第5章 その35 リハビリ室とカルナック様の計画(修正)
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魔導師協会付属医療部個室棟。
医療部は一般公開されているけれど、個室棟に入院できる患者には制限がある。
たとえば、患者が『魔法使い』だから一般人とは隔離するとか。
ぱっと見たところは本当に普通の、現代の病院を思わせる内装。白い壁の細長い通路の両端には病室が並んでいる。
ここにいると異世界に転生してるってことを忘れてしまいそうになる。
けれど、ときどきすれ違う職員さんたちは金髪、茶髪、銀髪のイケメン看護師さんたちだったり。
服装はやっぱり日本風。動きやすさとか考慮すると、医療に携わる方たちが現代日本で着ていたようなものになるのかな。
点滴みたいな機器を載せたワゴンを押している女性も、ナース服じゃなくて看護師さんのスラックスに長袖のジャージっぽい白衣だ。
「いつ見ても、不思議な感じがするなあ」
ヴィー先生は、すれ違った看護師さんに挨拶をして、つぶやいた。
「異国風というのか。他では見たことがない服装だ」
「動きやすそうでしょ。ねえ、アイリスちゃん」
あたしの手を引いているリドラさんは、にっこり笑う。
リドラさんも『先祖還り』。あたしと同じ21世紀東京からの転生者だから。この状況を楽しんでいるんだろうな。
「この設備も医療従事者の服装に至るまで、全てカルナック様がお考えになられたのよ。コマラパ老師や、他の方々のご協力もあってね。ここエルレーン公国の医療水準はとても高い。それに無償で最新医療を受けられる。幸いなことだわ。他国では、ここまでは進んでいないもの。国民の生活水準も世界に誇れるレベルだし」
感慨深そうに言う。
「だから、エルレーン公国の国民は、いろんな意味で安心していられるのよ。……あ、着いたわよ。リハビリ室」
なだらかなスロープをのぼる。
たどり着いた先には、広間。
十数人の人たちがいた。
看護師さんと、患者さん。
長い手すりがあって、つかまって歩く練習をしている人が四人くらい。
付き添っている看護師さんたち。患者さんも、動きやすいゆったりズボンと長袖のジャージみたいな服装。パジャマではないのです。
「あれ? アイリスちゃん、来たの?」
こっちを向いて手を振っている、プラチナブロンドに青い目の美少女、ティーレさん。
外見は儚げな十六歳くらいの美少女だけど中身はバリバリの戦闘民族ガルガンド出身で、実際の年齢より若く見えるそうだ。
今日出会ったスノッリさんと同郷。
見た目はエルフっぽいのに中身はまるでバイキング……。
退院したらリドラさんと一緒に、あたしの護衛をしてくれる予定です。
「ティーレさん!」
「ずっと寝てたから身体がなまっちゃって。起き上がって動けるって気持ちいいね~」
笑顔が活力に満ちあふれている感じのティーレさんです。
「お元気そうですね。安心しました」
「あははは。おかげさまでね。この通り、体力がありあまってるよ。退院したらアイリスちゃんの護衛任務だって師匠から聞いてる? よろしくね。リドラとヴィーに連れてきてもらったの?」
「ええ。お二人には、お世話になってます」
「もちろん、わたしは、ゆ・う・しゅ・う・な・護衛だもの。アイリスちゃんの行くところには必ずついているわよ。現時点では自宅と病院の往復だけだけど」
なぜか『優秀』を強調するリドラさん。
そうなのです。
あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、生まれてからまだ館の外にでたことはない。虚弱体質だからっていうことになっているけれど。
だから病院であっても自宅の外に出る機会を得たのは、初めてなので、ちょっとうきうきしてる。
護衛のリドラさんに魔法陣で転移して連れてってもらう、限定条件つきだけど。
「ティーレも、いつまでも寝込んでるヒマなんかないわよ。一日も早く現場復帰してもらわなきゃいけないんだからねっ!」
すねるようにティーレさんを見る、リドラさん。
「どこぞのツンデレか、あんたは」
そこへティーレさんは鋭いツッコミと共にリドラさんの頭をはたく。歩行訓練用のバーを握っていないほうの左手で。
ぱっしーん、と、軽い音がした。
「いったあ~い。ティーレったらも~、照れ屋さんなんだからぁ」
リドラさんも負けてない。
むしろ自分から体当たり。
「よかったティーレもリドラも元気になって」
二人のやり取りを見ているヴィー先生は、すっごく嬉しそう。
「あ、ところでさぁ」
リドラさんのアタックを左手で押しのけながらティーレさんが言う。
「アウルならあっちだよ。師匠も一緒だったな。行ってらっしゃ~い」
「よし、じゃあリディはここに置いていこうね」
弾んだ声をあげるヴィー先生。
「そりゃないわ! もちろん、わたしも行くわよ! ティーレ、じゃあね。早く退院してよね。看護師さん、この子をよろしくね。すぐ無茶するから!」
「はい、承知しています」
ティーレさんの傍らに立って見守っていた綺麗なお姉さんが、うなずいた。
そんなわけでティーレさんの復帰は間近だと感じながら、あたしたちはアウルのほうへ向かう。
アウルは奥の壁際にいた。
がくがくしながら両手でバーを握ってゆっくり歩いている。
左右に看護師さんが付き添って。
ときどき、疲れたのか足を踏み出せなくなって止まってしまう。
「アウル!」
いけないんだけど思わず小走りになってしまった。
「あっ、アイリス!?」
あたしを見たアウルは、一瞬、嬉しそうな顔をした。
その後に、激しくうろたえた。
「こんな情けないとこ見せちゃってごめん。まだ、うまく歩けないんだ……」
「気にしないでアウル。会えただけで、うれしいの!」
あたしが言うと、驚いたような照れたような表情を見せ、ぱっと顔が赤くなる。
「かわいい婚約者が来てるっていうのにも~」
「相変わらずヘタレだなあ」
リドラさんとヴィー先生は、容赦ない。
そこへ、背後から声がかかる。
「今日、ベッドを離れたばかりだからね。それにティーレは戦士だ。もともと体力があるから、研究職のアウルにそれを求めるのは酷だな」
「カルナック様!」
振り返るとそこに立っていたのは、カルナック様だった。
「よく来たね、アイリス」
「じっとしていられなくて。でも、カルナック様。リドラさんから聞きましたけど、ほんとうに寝ないで大丈夫なんですか」
尋ねずにはいられなかった。
お爺さまが起こした事件の後、あたしには24時間の護衛がつけられることになり、魔導師協会から派遣されている。
昼間はリドラさん。他に数人の魔法使いが来てくれることもある。
夜は主にカルナック様の担当なのだ。
「もちろん大丈夫さ。わたしを誰だと思っている」
カルナック様は、頼もしく、笑った。