第5章 その34 転移魔法陣の行く先と、デジャ・ヴ(修正)
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ちょっとそこらまで出かけてきます。
というお気楽感覚で、あたしはリドラさんとヴィー先生に連れられて出かける。
魔法陣の前でかしこまっているローサに、すぐ戻るから、お母様によろしく伝えてと頼んで。
「行ってらっしゃいませ、お嬢さま」
ローサは笑顔で見送ってくれる。
使用人としては個人的感情を顔に出さないほうがいいのかもしれないけれど、物心ついた頃からずっと側にいてくれるローサは、あたしにとって特別な存在だ。
あたしが、素の表情を望んでいると知っている。
「ありがとうローサ。行ってくるね」
転移魔法陣を使い慣れているリドラさんが行き先を指定する。
魔導師協会付属医療部個室棟に設けられた転送陣B、というところ。
医大付属病院みたいな感じね。
リドラさんが右手を握ってくれる。左手はヴィー先生が。
二人の温かさを感じながら、目を閉じた。そうするのは悪酔いを防ぐためだと、リドラさんから説明を受けている。
アウルのお見舞いに行くために何度も転移魔法陣に乗っているのに、いつも、ちょっぴり不安になる。
通常の空間じゃないところを通過するのだ。
実はここで目を閉じても開けていても、幻覚を見てしまうことはある。
通常なら瞬き一つの間に転移は終わる。
魔法陣が5つ設置された部屋に、あたしたちは着いた。他に魔法陣を使っている人はいなかったらしい。無人だ。
周囲の壁は真っ白で、平坦で、何もない。
あたし、月宮有栖が前世で知ってた病院にそっくり。
「着いたわよ。だいじょうぶ? アイリスちゃん」
「はい、平気です」
気遣ってくれるリドラさんの手を握り返す。
「転送魔法陣か。何度か使うが、どうにも奇妙な感じがするなあ」
ヴィー先生は、あたしの頭を撫でた。
あたしも同感だ。
実は、最初にアウルのお見舞いに病院に来たとき、転移した場所に出た瞬間、なぜだか軽いパニックに陥った。
これって、既視感!?
衝撃を受けた。
※
月のない暗い夜。
黒い大きなワゴン車が目の前に迫っていた。
あたし月宮有栖は、よけることもできずに固まっていた。スポーツの得意な子だったら、もしかして逃げられたのかな。
次の瞬間、ものすごい衝撃が前面から来て。
地面に強く叩きつけられた。
アスファルトの路面を転がって、体中どこもかしこもすごく痛くて。
顔も打った。
血が……ああ、血って温かいんだ。
大量の血? 血の海?
どこから出てるの。ママ……。
目の前が暗くなって、次に目が開いたときは周りじゅうが白い壁に囲まれていた。
ママが、いる。
なんで泣いてるの?
頭に包帯を巻かれてベッドに寝ているのは誰?
ピー……
高い機械音が響いて、そして消えた。
「有栖、有栖!」
ママが叫んで。ベッドに横たわる人物の枕元に顔を伏せて、泣いている。
不思議なのだけれど、あたしはなぜか、ママと、ベッドに寝ている、多分、自分の姿を同時に見ているのだと、理解した。
ママの正面に、ベッドを挟んで立っているのに。
そばにいる看護師さんたちも医師も、誰も、あたしを見ていない。
泣かないで。ママ、あたしは、ここにいるよ。
それきり意識は、消えた。
不思議だ。
新生児アイリスとして生まれ出たときには、有栖が死んだときのことなんか思い出さなかったのに。
だから病院にくるのは、ちょっと辛い。
けれど、アウルに会いたい気持ちのほうが強いから。
あたしは何度も、リドラさんとヴィー先生に頼んで、病院に来てしまう。
※
そもそも魔法陣で転移するってどういうこと?
カルナック様の言うことには、こうだ。
「五次元って聞いたことがあるだろう?」
キラキラした目を向けるカルナック様。
「転移魔法陣っていうのは、それだ。時間と空間を操ることが可能になるんだよ」
「……そうなんですか?」
カルナック様の説明に、あたしはどう答えたらいいのか悩んだ。
まさか、そんなの全然わかりません、って言えない雰囲気なんだもの。
カルナック様は、みなが自分と同じような基礎知識があって、その上、知識欲に燃えていると誤解している。
すこぶる残念な人なのだ。
外見は、艶やかな長い黒髪を緩い三つ編みにして、濡れたような黒い瞳……この瞳は魔法を行使するときアクアマリン色に染まる……華奢でいて、さりげなく筋肉質。
すらっと背が高くて。カルナック様が男でも女でも、このさいどうでもいいや! って気になってくるほど、ものすごい美形なのに。
「平行世界という考え方もある。魔法陣で通過する世界と世界の隙間。セレナンは超巨大なこの惑星系そのものの意思、意識だ」
「女神さまじゃなく?」
「女神たちは《世界》の《分身》だ。本体は《世界の大いなる意思》そのものさ」
あたしは軽い気持ちでカルナック様に「転移魔法陣ってどういうものなんですか」と尋ねたことを早くも後悔していた。
せめて30世紀の未来から来た青いネコ型ロボットのポケットのほうがまだ身近で理解できるんですけど。
「えっと、五次元とかにアクセスできるから魔法が使えるってこと? じゃあ、魔法って科学なんですか?」
「わたしがまとめた魔術理論ではそうなっている。魔法を行使するのに必要な『魔力』も、そもそも『世界』からエネルギーを借用しているのだよ。まあ、これはわたしの考えだ。他の魔術系統では、あるいは他の原理によるのかもしれない。興味は尽きないね。それにしても、アイリスはなかなか見所があるな。学院に入ったら私と研究をしよう!」
「あ、いえ……その」
「アウルはコマラパに取られてしまって残念だったのだ! 君は私の直接の弟子なのだからね!」
「はい……将来は、よろしくお願いします」
押し切られた! こんなに嬉しそうなカルナック様を断るなんて、無理でした。
「楽しみだな! ああ、護衛はマクシミリアンに教室にも付き添わせるから」
っていうことはマクシミリアン君、元気になったのかな。
でも年齢が違うから同級生って無理じゃない?
まさか留年決定!?
カルナック様との会話を思い出して、頭が痛くなる。
この話題はもうやめようって思った。でないとファンタジーだかSFだか哲学だかわからなくなってくるから。
※
「アイリスちゃん、この時間はアウルもティーレもリハビリ室だって!」
ここは棟の三階にあるアウルの個室前。
尋ねたらアウルがいなかったのでリドラさんが詰め所で聞いてきてくれた。
「じゃ、リハビリ室に行こうか」
明るい声を響かせるヴィー先生。
「ありがとうございます。いつも助けてくださって」
あたしは二人に感謝する。
「な~に、今さら。水くさいわよ。これも仕事のうちなんだし気にしないで!」
「そういうことだ!」
それにしてもリハビリ室?
この世界、『先祖還り』(転生者)が、どこまで影響を与えているのやら。
あ、そうか! カルナック様もだった!
カルナック様は、魔導師協会の長。影響バリバリの立場だよね……。
「おとといはまだベッドにいたけど。今日は歩く訓練とか? 急に行って邪魔にならないかしら……」
「アイリスちゃんはリハビリ室は初めてでしょ? でも気にすることないわ、気兼ねなく行きましょ」
「そうそう。さて、こっちだ!」