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第5章 その32 真面目すぎるアイリスの悩み(修正)



32


「そ、そ、それは……」

 驚きのあまり後の言葉が出てこないリドラさん。


「すごいじゃないか!」

 何かが吹き飛んでしまったヴィー先生。


 そんな二人を見ていたあたしは、ふと、一抹の不安と、寂しさを感じた。

 せっかく味方になってくれている、この人達に秘密ができてしまった。


 あたし、なんか……めんどくさい、イヤなやつじゃない?


 リドラさんには何でも言えそうな気もするけど。でも『先祖還り』(転生者)じゃないヴィー先生は、あまり危険なことに巻き込んではいけないような。

 いろんな事情を知りすぎると、ヴィー先生に危険がおよぶのでは?


 ああ、早くアウルに会いたい。

 秘密も隠し立ても何も考えなくていい。

 生まれたときからずっとそばにいてくれた、優しい、心のあたたかい人。


 ふっと目の前の現実が薄れ、とりとめもない考えが浮かぶ。


 ……スノッリさんと会ったときのカルナック様、少し様子がおかしかった。スノッリさんは、目上の人? それに『舅』って確か、配偶者のお父さんのことよね? カルナック様は結婚してたの? 500歳は軽く越えてるっていうし結婚しててもおかしくないのかな? じゃスノッリさんはもっと年上なの? どうしてそんなに長く生きてるの? ドワーフって長命なのかな? エルフもだよね。じゃあ……


 ……あたし、いったい何をしてるんだろう?


 ほのぼの日常に浸って。衣食住に不自由しなくて。

 なのに心から信じられるのは、ぜんぶ打ち明けられるのは、お父様でもお母様でもなくて、結局は同じ『先祖還り』のアウルだけなの?


 世界は、いつ滅ぶともしれない。

 あたしの六歳のお披露目に集まってくれた人たちも、お目当てはラゼル商会との繋ぎが欲しいだけだろう。


 だけど、あたしなんて。

 魔力は多いけど、それはこの世界で『先祖還り』と呼ばれる転生者で女神さまに助けられているから、それだけ。

 小さいし身体は弱いし、いったい何かの役に立つの?


 気がつけば周囲は夕闇に覆われ、身震いがするほど寒くて、

 足下が、切り立った崖のように崩れていく。



 そのときだった。



「ダメよ、有栖ちゃん」

 リドラさんの、厳粛な声がしたのは。

 そして現実にひきもどされたあたしは、ちゃんと、子供部屋の机に向かって、椅子に座っていたのだった。



「有栖? アイリスの前世の人格の?」

 純真なヴィー先生は、きょとんとしていた。


「ねえ有栖ちゃん。あなたの中に眠るシステム・イリスは滅亡する世界の終焉に立ち会ったそうだけど、今のあなたは、有栖と六歳のアイリスが融合しかかっている状態。それにニューヨークに住んでいたイリス・マクギリスは、別の人格だわ。システム・イリスの暗澹たる過去の記憶に引きずられないで」


 いつもは、どこかで「なんちゃって」とか言って本気モードを続けない、笑いをとったりして誤魔化しているリドラさんが、真顔で、あたしに向き合っている。

 自分勝手に秘密を抱え込んで暗くなっていただけの、小さな女の子に。


「リドラさん、わたし……」

 あたしは、なにを言おうとしてるんだろう。

 さむい。

 とっても、寒い。


「ねえ。有栖。この新しい世界で、あなたはまだ六年しか生きていない。人間不信になったり絶望するには、まだ早すぎる。まだまだ、甘いのよ!」


「リディ! いきなり何を言ってるんだ。アイリスが驚いているだろう」


「なんでもないわよ。可愛いヴィーお嬢さま。少しだけ待ってて」

 リドラさんの目が、青く光った。


「あなたは、生きてる。ほかでもない、この世界で。現実に生き始めているの」

 ほっそりした優美な指が、あたしの肩を強く握っていた。


「ほら、笑って。有栖ちゃん。アイリスちゃん。楽しいことは、まだこれから、いっぱいあるんだから」


 あたしの中の。

 奥深いところにある、死にたがりの誰かの心。

 なだめられて静まっていく。


「手始めに、この後は、アウルのお見舞いに行きましょうね」


「ほんと!? 行っていいの!?」


「もちろん。それに……わたしも、ティーレに会いたいしね」

 リドラさんの凍てつくようだった視線が緩んで。


 嬉しそうな笑顔になった。


「そうだ! 思いついた。良い考えが浮かんだぞ」

 得意満面なヴィー先生は、顔を輝かせている。


「今後、わたしも隠し部屋で訓練をして魔法を使い切れば! 精霊の森に行けるかもしれない!」


「なっ!」

 リドラさんの顔が、呆れたように、驚きから、苦笑に変わった。

「バカだなヴィー。アイリスは特別だから招かれたに決まってるじゃないか」


 あ、リドラさん、いい女を演じるの忘れてる。こっちが素なのかな。声も、どちらかといえば落ち着いた、アルトの声ね。


「え~。いい考えだと思ったのに」


「精霊様にお目にかかりたいなら、カルナック様に頼むんだね。今なら、ラト・ナ・ルア様やレフィス・トール様になら会えるかもね」

 笑いながら、リドラさんはヴィー先生の頭を撫でた。


「そうそう。アイリスちゃんのマナー教師は、ヴィーを教えてくれてた先生に頼んだらいいんじゃない? ヴィーだと無茶なことを教えそうだしね!」


 これには、ヴィー先生は憤慨したけど。よく考えてから、その人に教師を頼むのがよさそうだということになった。

 ヴィー先生やエルナト様を教えていた人。


 お名前は、ルイーゼロッタ。エリゼール王国出身の、ご婦人だって! 

 年齢は四十代だけど見た目はとても若いらしい。


 すてき!

 でも、あたしはアウルをお見舞いに行ける嬉しさでいっぱいになってるから。


 ルイーゼロッタ先生のことは、またあとで!



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