第5章 その31 ヴィー先生にご報告があります(修正)
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さあてと。
ゆっくりお昼寝したし体力も戻って、気力も充実している。
あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルの、午後の始まり!
「よくねむったわ。ヴィー先生はどうしていらっしゃるかしら」
ベッドから起き上がって、ローサに目をやる。
「はい、お嬢さまがお目覚めになったと、お伝えして参ります」
ローサは足早に部屋を出て行った。
その間に、リドラさんに身支度を調えてもらう。
外出ではないし華やかすぎない日常着。それでもフリルはちょっぴり多め。
洋服の皺を伸ばしたり汚れをなかったことにできるという、おしゃれのために惜しげも無く魔法を使うリドラさんが活躍してくれた。
リドラさんって『先祖還り』ならではの豊富な魔力を持っているからとはいえ、女子力高いよね。前世は、女性になりたかった三十六歳男性だったそうだけど…。
「それにしても、マナーを教えるのがヴィーってどうなの。ちょっと合わないんじゃないかしら。後で相談してみる必要ありだわ」
リドラさんは首をひねる。
「そうなの?」
「料理、裁縫、片付け、貴族の子女らしいことがまるっきり壊滅的にダメなヴィーに、社交界とかマナーなんて教えられるわけないわ。それなら、わたしのほうがマシよ!」
力説するリドラさん。
あたしも納得しちゃった……。
「誰か、いい先生がいないか、あたってみるわ。そのほうが、ぜったい、ヴィーも喜ぶから!」
※
やがて、ローサを先触れに、ヴィー先生がやってきた。
ものすごくわくわくして、好奇心…もとい、知識欲に表情を輝かせていた。
「顔色もすっかり良くなったね。アイリス嬢! さてどこから話を始めようか?」
「ヴィー。とりあえず座りなさい」
リドラさんが、先生のために椅子を引いてうながす。
それからローサに声を掛ける。
「ここはわたしとヴィーがいるから大丈夫よ。後でお茶の支度をお願いね」
「心得ております」
ローサはお茶の時間まで席を外すことになった。
魔法使いであるリドラさんはメイド兼、強力な護衛として、魔導師協会から派遣されている。
子供部屋に残っているのは、あたし、アイリスが『先祖還り』だと知っている者だけ。これなら深い話もできる。
あたしは午前中の訓練で魔力切れになって失神していたときに、魂だけ『精霊の森』に招かれたことを話した。
まず、かいつまんで。
「なんだって! すごい! 精霊の森だって!」
「ヴィー。アイリスが全部話すまで、落ち着いて聞きなさい」
身を乗り出すヴィー先生。諫めるリドラさん。
その食いつきの良さに少し驚いて、あたしは記憶を整理しながら、できるだけ詳しく話しはじめた。
精霊の白き森のたたずまい。
白い炎が燃え上がるような木々のかげに、佇む精霊たち。
彼らが囁いていたことは、あたしにはよくわからないことも多かったけれど、思い出せるかぎり、ありのままに伝える。
……あの子は、相変わらず。
……仕事に没頭していないと、いてもたってもいられないらしい。
……伴侶を失ってから、自分のことはどうでもよくなっているのだ。
……我らの愛し子が、もしも人間界を諦め立ち去るならば……
……野蛮なヒトなど、いつ滅びようとかまわないのだが。
「こんなふうな……意味はよくわからなかったけど……」
それを聞いたリドラさんは、顔色を変えた。
青ざめて、緊張した面持ちになる。
「リドラさん、どうかした?」
「大丈夫よ、続けて。精霊たちとは会話しなかった?」
「ええ。直接は。そのあと、ルーナリシア姫さまがいらしたの! それからね……」
興奮が蘇ったわ。
遠い昔、精霊の森に嫁いだ、ただ一人のお姫さま。
そして伴侶である《影の呪術師》さまにも、お目通りしたのだ!
これには、最初から興奮ぎみだったヴィー先生ももちろん、冷静に徹しようとしていたリドラさんも驚きを隠せなかったようだ。
「《影の呪術師》!? 魔導師協会を設立した!? 伝説のお方に!」
「ルーナリシア姫に!」
驚いている二人を見ていて、はたと思い当たったことがある。
その素性は第一世代の精霊グラウ・エリスさまと名乗られた、あのかたは。
昔、魔導師協会を設立した頃は《影の呪術師》としてカルナック様の身代わりをしていたこともあるという。
けれどそれ、明かして良いことだったかしら?
もし機密事項だったら。
この場にはヴィー先生もいる。
リドラさんにも、話して良いかどうかわからない。
慎重になったほうがいいのかしら?
そうね、せめて許可を頂いてからだわ。
よく考えて、話す内容を制限しなければならない。
「ルーナリシア姫さまと、姫さまが嫁がれた方にお会いしたわ。そして」
言葉を切って呼吸を整え。
「何か知りたいことや助けが欲しいときは、また森に行ってもいいっておっしゃっていただけたの」