第5章 その30 リドラの使命とアイリスの決心(修正)
30
サウダージ共和国に魔力持ちとして生まれたことが、リドラ・フェイの苦労の始まりだった。
だがリドラは自分を特に不幸だと思ったことは無い。なぜなら周囲を見渡せば似たような環境の子供はいくらでもいたからだ。
孤児院と称した穴蔵のような搾取施設で育ったことはその一つ。けれど命を繋いだだけでも儲けもので最悪ではない。
そうでも思わなければ、生きてはいけなかった。
生き延びて、いつの日か自由の身になる。
リドラはずっと渇望していた。
彼女は前世を覚えていたから。自由というものを前世の暮らしで経験していたからこそ、絶望に押しつぶされそうな日々の中でも、闇夜に輝く小さな星のような、その目標を抱き続けることができたのだ。
十歳のときリドラは潜入捜査のためサウダージの孤児院へやってきたカルナックに出会った。
絶望から、希望へ。
カルナックは命の恩人だ。そのやり方は少々、荒っぽかったりしたが。
何しろ無理を通すためにまず孤児院を破壊。
この院長はグーリア神聖帝国に通じていたのだと告発したのである。
あとは高度に政治的な思惑が絡んでいるとかで、サウダージ共和国高官とグーリア神聖帝国の皇太子……神祖と自称している現皇帝に実子はいないため、養子であった……と繋ぎをとっており、両国が互いに牽制し合っているのを利用して、二国の干渉を封じ込めることに成功した。
この件に関しては
『無茶ぶりが過ぎるわい! うまくいかなければどうしたのだ』と。
魔導師協会の副長であるコマラパ老師が嘆いたという。
リドラはカルナックの手元に引き取られて教育を受けた。
そして……ティーレに出会った。
運命の導きだと思っている。
※
(とはいえ、大っぴらに人に言うことでもないけどね)
リドラは心の中で呟き、過去の回想から現在に立ち戻った。
昼寝中のアイリスの黄金の髪を撫でてやる。カルナック師匠から託された『聖なる泉水』を飲んだ影響で、しばらくは目覚めない。
西洋人形みたいな整った面差し。透き通るような肌。小さな口も金色の眉も、今は閉じているけどキレイな緑柱石みたいな目も、なんて無垢で。愛くるしいのだろう。
守り通してみせる! それが護衛の任務なのだ!
「うふふふっ可愛い~い! アイリスちゃんは絶対に、世界中の誰よりも幸せになるべきだわ。ねえ、そう思わないこと、ローサちゃん?」
「はっ、はははい! もちろんですっリドラさん!」
急に話を振られたローサは焦り。
「わたしも全力でお手伝いします」
うっすらそばかすの浮いた色白の頬に、ぽっと赤みが差す。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに名高い豪商ラゼル家の一人娘、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
先日この屋敷で六歳のお披露目をしたばかりの幼女である。
屋敷から一歩も出たことがないそうだが、深窓の令嬢ならよくあることだ。
普通で無いのは、アイリスの生まれ持った魔力の量だ。
偶然なのか運命なのか。桁外れすぎるくらいに、あまりにも大きくて。手に入れようと思う者が現れないと思うのは、楽観的に過ぎる。
魔導師協会に属するフリーの魔法使い、いわゆる『賞金稼ぎ』として、相棒ティーレと共にリドラはアイリス嬢の護衛を任ぜられた。
敬愛する、命の恩人であるカルナック師匠から直々に指令を受けたのだ。
それはリドラの誇りだった。
なんとしても果たすべき使命なのだ。
アイリスが目を覚ますのを待って、次の行動に移る。
※
そしてあたし、アイリスはお昼寝から目覚めた。
午前中の授業で魔力を使い果たして意識を失ったとき(このときは覚醒夢というのか、精霊の森に魂だけで招待されるという経験をした)とは違って、夢も見ないで眠ったみたいだから、熟睡できたのだろう。
「目が覚めた? アイリスちゃん」
「よく眠れましたようですね、お嬢さま」
「ええ、リドラさん、ローサ。ありがとう」
あたしはゆっくりと起き上がる。
「とてもぐっすり眠れたわ」
にっこり笑う。
特にローサにはいつも心配かけてるし、安心してもらいたいの。
さて、午後の始まりだわ。
起き上がる前にまどろんでいて、考えた。
ヴィー先生とリドラさんにお話しすることの内容。
魔力切れで失神したとき、魂だけで精霊の森へ招かれたこと。
そこで《影の呪術師》さまでもある精霊グラウ・エリスさまとルーナリシア姫さまにお会いしたこと。
いつでも頼っていいと、ものすごくありがたい申し出をいただいたこと。
これは重要なことに違いない。
できたら、入院しているエステリオ・アウルにも、お見舞いがてら会いに行って相談したいな。
……しばらくぶりに顔を見たいのも、本音だけれど。
あんまり毎日お見舞いに行っても疲れるかなって、ちょっとは遠慮してたんだから。