第5章 その28 アイリスと《影の呪術師》(修正)
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目覚めたのは子供部屋のベッド。
そうだ、カルナックさまとお話ししながらリドラさんに子供部屋に運んでもらってるときに寝落ちしたんだった。
そのまま眠って、魂(精神)だけが精霊の森を訪れていたのね。
身体は眠っていたわけだけど、疲れは全然取れてない。
だって魂……精神は起きて、森に行ってたんだもの。
精霊の森には、とても不思議な光景が広がっていた。
森の木々も下生えの草むらもぜんぶ、真っ白。
地面からは透明な炎が吹き上がっていて。頭上に見えるのは銀色の空。あの空は、セラニス・アレム・ダルが高空に放っている情報収集装置『魔天の瞳』(あたしの前世の記憶に従えば、人工衛星、スパイ衛星)の地上走査を欺くために女神さまが我が家の中庭に展開してくれた銀色の靄に似ていた。
まさに聖域だったのだ。
あたしはそこで、ルーナリシア姫さまと《影の呪術師》さまに、初めてお会いしたの。ものすごく興奮しちゃったわ。
その直前、スノッリさんに、何百年か前に行われたお二人のご結婚のことを聞いたばかりだったし。まさか本物のルーナリシア姫さまと《影の呪術師》さまにお目にかかれるなんて想像もしていなかったわ。
お姫さまは、とってもきれいな人だった。
外見も魂も清らかで。
それに実は《影の呪術師》さまも、すっごい美青年だったし!
あの『指輪……』に登場した弓の得意なエルフの王子さまみたいな、いいえ、もっとかっこよかった!(見た目は文句なしなんだけど……)
あたし、姫さまのお友達申請をお受けしたのよね。
嬉しいけどやっぱり、おそれおおいわ。
それに落ち着いてよく考えてみたら《呪術師》さまが、ご自分は精霊グラウ・エリスだと名前をあかしてから、おっしゃられたことは少しおかしいと思う。
『カルナックを頼む』って。『みずから死を望まぬように引き留めて』くれなんて。
いくら、あたし……アイリスが、前世を記憶している『先祖還り』だって、無茶振りじゃないかな!?
学校に入ってもいないし正式にカルナックさまの弟子入りはしてないし!
まだ六歳なんだから!
……ともかく、身体年齢はね。
それになんだか、すっごく大っぴらに、のろけられたような気がするわ。
『人間の中で最も美しい魂の持ち主を娶った』ですって!
エルレーン公国の歴史に残る大魔法使い《影の呪術師》にして、公女さまの伴侶。その正体は精霊さまだなんて、ものすごいのに。
第一世代の精霊って?
……なぜかしら、どこか残念な感じがするわ。
そこもカルナックさまと似てるのよね……。
やっぱり、お二人は師匠と弟子なんだわ。
納得しました。
というようなことを、ベッドの中で悩んでいたあたしなのです。
起きる前から疲れちゃったわ……。
※
「お嬢さま、お目覚めですね」
ローサの声で、あたしは目を開けた。
ベッドに横たわったまま悩んでいるうちに、いつの間にかまた寝ちゃってたみたい。
癖のあるたっぷりの赤毛を耳の下で二つに分けて結び、三つ編みのお下げにしたローサは、黒いメイド服に、ぱりっと糊のきいた真っ白で清潔なエプロンをしている。
「よくお休みになれましたか?」
いつも明るくて元気をくれる、優しいローサ。
「ありがとうローサ。ちゃんと眠れたわ」
ローサに心配かけたくない。
がんばって起きなくちゃ。
「アイリスちゃん、無理はしないでいいのよ。魔力も体力も限界まで使いはたしたんだもの。ゆっくりね」
リドラさんも傍らにいて、起き上がるのを助けてくれた。
子供部屋に、ヴィー先生の姿はなかった。
しばらくすると、ノックの音がした。
「お嬢さま。昼食のご用意が整っております。ヴィー先生は食堂でお待ちです」
メイド長トリアさんだ。
「はい、もう起きているわ」
「失礼致します」
トリアさんが入ってきて、ローサに指示を出し、二人、いいえリドラさんも含めて三人がかりで、昼食のためのお着替え。
お父様とお母様も仕事でお留守。
だからヴィー先生とあたしは二人で昼食。
もちろん食堂には給仕してくれるメイドさんたちや執事のバルドルさんもいて、嬉々としてメイドに扮したリドラさんが護衛についていてくれる。
昼食は、チーズやハムを挟んだサンドイッチや茹でた野菜のサラダなどをいただく。
サラダは以前は生野菜だったけど、茹でたほうが身体にいいと、エステリオおじさんがアドバイスしてから、メニューもいろいろ変更が行われているみたい。
デザートはマンゴーみたいな果物を乾燥させたドライフルーツ。ミルク入りの甘い紅茶と。
このエルレーン公国首都シ・イル・リリヤには、大陸全土から名産品が集まってくる。
学問の都であると同時に、一大商業都市としての顔も持っているのだ。
「アイリス嬢、少し疲れてはいないか」
午前中の、動きやすさ重視の服装から、少しだけ優雅なスカートを巻き付けたものに着替えたヴィー先生。マナーのお勉強のためね。
「後で、お勉強のときにお話しします、ヴィー先生。眠っている間、わたし不思議な夢を見ていたんです」
「ほう。それは興味深いね」
ヴィー先生は、エメラルドのような瞳をきらりと光らせた。
むむ。探っている感じだわ。
「午後はマナーと、神話のお勉強でしたね」
「その予定だったんだが。カルナック師に注意を受けてね。ゆとりをもたせることにしたよ。そのぶん、アイリスともっといろいろと話をしておきたい」
楽しそうな表情です。
あたしが何かきっと面白いことを言い出すって、期待しているんだわ。
うふふふ。
ヴィー先生のことだもの、ルーナリシア姫さまのことはきっと大好きだわ。
エステリオ・アウルのお見舞いにも行きたいの。
リドラさんは、味方してくれるよね?
相棒のティーレさんがお披露目会で受けたダメージ回復のためリハビリ入院してるのも、アウルと同じ病院だし。ティーレさんのお見舞いに行きたいのは、あたしも同じ気持ちだもの。
あたしはゆっくりと食後のお茶を堪能しつつ、午後のスケジュールを検討するのです。