第5章 その27 ルーナリシア姫とお友達に!(修正)
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ここは精霊の白き森。
出会った金髪の若い美女は、ルーナリシア公女さまに違いない。
よく考えると、おかしいところもある。
だって公女さまが精霊の森に嫁いだのは、スノッリさんに聞いた話だと、もう何百年も昔のこと。
それに子供部屋で昼寝していたはずのあたしが、なぜ精霊の森に来ているのか。
魂の姿で、と公女さまはおっしゃった。
あたしは手をかざしてみる。
六歳幼女の、年相応の小さな手だ。
「あたしは魂だけでここに来ているのですか? さっき、そうおっしゃいましたよね」
ドキドキしながら、聞いてみた。
ルーナリシアさまは、満面の笑み。
「あなたは魔力を使い果たしてとても深く眠っていらしたわ。魂をお招きしようって《影の呪術師》さまがお決めになられたのよ」
そのときだった。
ルーナリシア公女さまの傍らに、すっと、背の高い美青年があらわれた。
文字通り、出現したのだ。
何も無い空間に、まるでにじみ出てくるように。
見たことも想像したこともないほど美しい人だ。青みを帯びた銀色の髪は腰まで届くほど長く。抜けるように色の白い肌に、淡いアクアマリン色の瞳が、鋭い光をたたえている。
「ようこそいらっしゃいました、アイリス。わたしが《影の呪術師》です」
優しげな微笑み。
「初めまして。《影の呪術師》さま」
あたしは深く腰を折って、ヴィー先生に教わったとおり、身分の高い相手に対する丁寧なお辞儀をした。
「シ・イル・リリヤに、エルレーン公国立学院を創設されたお方だと、スノッリさんからうかがいました。たいへんな偉業ですね」
「スノッリめ、よけいなことを。半分だけ合っている。だが、いまは時間も限られているし、それについてはまた、いずれお話ししよう」
あれ?
ふと、既視感。
わかった、カルナック様と似てるんだ!
髪の色も顔立ちも違う。どっちも美形だけど。
物言いとか、雰囲気が似てる。
「……」
考え込んでいた、あたしを《呪術師》さまは興味深そうにごらんになった。
「おや、そのぶんでは気づいたかな。カルナックは、わたしの弟子だよ」
「カルナックさまのお師匠さまなのですか!」
「あの子は我々精霊の保護する愛し子。あれが可愛がっている弟子ならば、我々にとって、孫みたいなものさ。それに《世界の大いなる意思》も許したのだ。人には与えられないはずの『根源の泉』の水を授けることを」
精霊の森の水を与えて頂いたから、あたしアイリスは、精霊と『縁』が繋がったのだということらしい。
「今後、何か我らに問いたいこと、あるいは力を借りたいことがあるときは、魂として訪れることを許そう。わが愛しき妻の友人として」
「あの! あたしみたいな幼児が、公女さまのご友人だなんて、おそれおおいです」
「アイリス。幼児らしくふるまうことを忘れているね」
まるでカルナックさまのように、《呪術師》さまは、いたずらっぽく笑って、あたしの顔を覗き込む。
「あ」
「もちろん我々精霊は全てを知っているのだから、かまわないが。人間達の前に出るときは、くれぐれも用心しなさい。そなたは、これから成長し、ヒトの間で過ごさねばならない。実のところ、かのセラニス・アレム・ダルなどは可愛いものなのだ。単純な『悪意』なのだから。しかし人間は、更に悪辣、複雑怪奇だ。気をつけるのだよ」
だから、この森にいる他の精霊たちはヒトを厭うて姿を現さないのだと、呪術師さまは言った。
あたしの六歳のお披露目会のとき、大変な事件になってしまったけれど、カルナックさまがあの場にいなければ、ラト・ナ・ルアとレフィス・トールは人間界になど現れなかっただろう。特別なことだったのだと、あらためて、理解した。
緊張してきた、あたしに。
ルーナリシアさまはにっこり笑って、おっしゃった。
「だいじょうぶよ、アイリス。あなたもすぐに大きくなるわ。そして魔力が多ければ歳を重ねても老いはなかなか訪れない。そのことで妬みをかうこともあると聞いているわ。人の心は恐ろしいものなのよ。だから、いまのうちに、この白い森に来てほしかったの。お友達になってね」
「はい、ルーナリシアさま」
尻込みしている場合じゃないわ。がんばろう!
「そろそろ、お別れだ。心の準備をしなさい」
こう言ってから。
ふと《呪術師》さまが、真顔になった。
「カルナックを、頼む」
「森に還ってくれば安らかに過ごせるものを。望んでヒトと関わり、重荷をかかえこむ。カルナックの見込んだ愛弟子、イリス。アイリス。有栖。どうか、あれのそばにいてやってくれ。できれば、みずから死を望まぬように……引き留めてくれ」
「どうしてそんなことを、ただの幼女に」
「ただの幼女ではないと知っているからだよ」
くすっと、《呪術師》さまは、笑った。
「では、また会おう……」
別れ際に、とっておきを見せてあげるよと《呪術師》さまはおっしゃったかと思うと。
くるりと身を翻して、一瞬で、黒髪にアクアマリンの瞳をした長身の青年の姿へと、変身した。
その姿は、カルナック様そっくりだった。
「えええええ! カルナックさま!?」
「学院の創設時、あの子には身代わりも必要だった。だからわたしがその役を務めたのさ。もっともその縁で、人間の中で最も美しい魂の持ち主を娶ることになったのだがね」
これって、のろけ?
「そうそう。《影の呪術師》と呼ばれていたのは、カルナックなのだよ。わたしは精霊。第一世代の精霊、グラウ・エリスだ」
この上なく楽しげに。
グラウ・エリス様は、ウィンクをして。
あたしの目を、そっと手のひらで覆った。
視界を隠すのは、あたたかな闇。
「アイリス! また森にいらして。約束よ。これから出会う、あなたの友達も。彼女も、わたくしのお友達だから。ぜひ一緒にいらしてくださいね」
きれいな声。
心が洗われるよう。
あたし、がんばろう。
いろんなお勉強をして、ちゃんとした立派な大人になる!
今さらだけど、あらためて決意を再確認しました。
そして、森の中にいるけれど姿を見せていない、他の精霊さまたちにも、いつかきっと、人間を見直していただけるようにしたいな。