第5章 その26 精霊の白き森に迷い込む(修正)
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周囲には見慣れない景色が広がっていた。
ここ、どこ?
白い木々に囲まれ、足下には白い草むらが生い茂る森の中。
頭上を覆っている白い梢の間にあるのは、銀色の空。
地面からは色の無い炎が絶えず燃え上がっているみたいに見えるけれど、熱はまったく感じられない。
幻想的な風景だった。
あたしのそばには、リドラさんもヴィー先生もいない。
長い銀色の髪をし、真っ白な丈の長い服をまとった背の高い人たちが、森の中のあちらこちらに静かに佇んでいる。あたしの存在にはまるきり注意をひかれないようだ。
彼らの姿はラト・ナ・ルアとレフィス・トールに似ていた。
ということは、精霊さま?
ここは……精霊の森?
声が聞こえる。
風に乗って微かに届く、囁きを聞き取ろうと耳をそばだてた。
……あの子は、相変わらず。
……仕事に没頭していないと、いてもたってもいられないらしい。
……伴侶を失ってから、自分のことはどうでもよくなっているのだ。
……我らの愛し子が、もしも人間界を諦め立ち去るならば……
……野蛮なヒトなど、いつ滅びようとかまわないのだが。
なにこれ!?
これはもしかして精霊さまたちの声?
あたし、どうしたんだったっけ?
記憶をたどってみる。
六歳のお披露目から半月が過ぎた。
今日からは魔法の実践学をしようってヴィー先生に言われて、エステリオ・アウルの書斎の奥にあった隠し部屋に案内された。
そこはエステリオ・アウルが小さい頃に、魔法の練習をするためにドワーフに作ってもらった部屋。
そんな部屋があるなんて知らなかった。
あたしは魔力を使い果たすくらいまで練習をして、そのあと少し休んで回復したからって嬉しくて。
リドラさんに無理をお願いしたんだわ。
ドワーフのスノッリ・ストゥルルソンさんたち職人さんが、我が家の広間を大規模に修繕工事しているから、会ってお話ししたかったの。
けど、そのあとは疲れて寝落ちしたはず。
だからシ・イル・リリヤにある我が家から一歩たりとも出かけるなんてあり得ないのだ。
なのにどうして、こんな不思議な森の中にいるんだろう。
※
「こんにちは、お嬢さん」
ふいに間近で声が響いて、驚いた。
だって、精霊たちは、まるであたしの姿が見えていないようだったからだ。
声のほうに顔をやる。
あたしは六歳の幼女なので、見上げるような姿勢になった。
思わず息をのんだ。
信じられないほど美しい女性がいた。
あたしを見下ろす顔には、気遣わしそうな優しい微笑み。
年頃は二十代半ばくらいかしら。
豊かに波打つ、黄金の長い髪、金茶色の瞳、形の良い眉。
きっと誰もが引きつけられるに違いない華やかな美貌。
立ち居振る舞い、雰囲気はたおやかで、誠実そうだ。
「外界からいらした方ね。エルレーン公国に変わりは無いかしら。大公は恙なく過ごしているかしら」
わずかに首をかしげて、微笑んだ。
なんて、なんて美しいの!
彼女は間違いなく生まれながらの高貴な人に違いない。
「あの、あたしは」
言いかけて、あたしは背筋をのばし、立ち上がる。
きちんと挨拶しなければ。
「わたしはアイリス・リデル・ティス・ラゼルと申します。エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに住んでいます、先日六歳になりました、商人の娘です。自宅で眠っていたはずなのですが気がついたらここに来ていました」
我ながら、奇妙な身の上話だわ。説明にもなっていない。
「きれいなお名前ですのね、アイリスさま。精霊の白き森へようこそおいでくださいました。魂の姿でこの森にいらしたお客人は、めったにいらっしゃいません。シ・イル・リリヤに住んでおられるのね。懐かしいですわ」
躊躇いもせずに、白い右手をさしだした。
「アイリスさま。どうか、わたくしのお友達になってくださいませんか?」
こんなときにどう答えたらいいの?
あたしは少しばかり戸惑ってしまう。
こんなに高貴でキレイな大人の女性が、あたしの友達になってくれるだなんて!?
「わたくしは、ルーナリシア・マリアエレナ・エナ・エルレーン。どうかよろしくお願いいたします」
無邪気な笑顔に魅了されて。
あたしは、ごくりと、つばを飲み込んだ。
エナというのは、エルレーン公国の言葉で、大公さまの姉妹を示すことばだ。
つまり。
……エルレーン公国の公女さま!?