第2章 その4 小さくてもレディ
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『夜が明けるわ』
『明るくなるわ』
妖精のシルルとイルミナが騒ぎ出す。
『もうじき小間使いのローサが来るわ』
『メイド長のトリアも来るかも』
『ですからエステリオは早く部屋に帰ってくださいませ』
『アイリスは小さくてもレディよ。寝室に身内とはいえ男性がいたら怪しまれてよ』
激しく羽ばたくと、妖精の光が強まる。
「これは、わたしの考慮が足りなかった。注意してくれてありがとうシルル、イルミナ。わたしは、そろそろ部屋に帰るよ」
エステリオ叔父さんは立ち上がり、あたしをベッドに降ろした。
それから、あたしをじっと見て、眉間に少しばかり皺を寄せた。
「ところでイーリス、せっかく身だしなみを整えているが、今朝はいったん寝間着に着替えなおして、トリアさんたちに朝の支度をやってもらってはどうかな?」
意外な問いかけだったので、きょとんとする。
「どうして?」
「前世の記憶では、ひとに服を着せてもらうなんて納得いかないかもしれないが。この世界では、イーリスは良家の一人娘で、まだ三歳なんだ。今のうちはそうしてもらうといい。もう少し大きくなったら自分で着ると言えばいい。良い家のお嬢さんは、自分でなんでもやってしまってはいけないんだ。メイドさんの仕事を取り上げてしまうだろ?」
「めんどうねぇ」
ため息をついた。
「もしかして、それが常識なの?」
「少なくともこの国では」
「わかったわ。あたしも常識の範囲内で振る舞いたいもの。メイドさんたちに着替えさせてもらうことにするわ」
叔父さんはほっとしたように頷いた。
「こんなことまで気にするなんておじさまも苦労人なのね」
「ははは。そうかも。どうも前世の癖かな。営業やってたからなあ」
「社会人だったの? でもさっきの姿は学生みたいな……」
「一番良く覚えている姿だよ。後で話す」
「約束よ。魔法も教えて。それに相談したいこともいろいろあるの。前世の記憶のことも、よくわからないことばかりで」
「約束する。わたしはきみのための味方だからね」
とっても心強い味方ができた。
最初から、あたしのことを可愛がってくれていたエステリオ叔父さんが、地球、ニホンから生まれ変わった転生者だったなんて。
ありがとうございます女神さま。
エステリオ叔父さんが出会ったのは、どちらの女神さまなんだろう?
優しく慈愛に満ちたスゥエさま?
人間みたいないたずら心のあるラト・ナ・ルア?
叔父さんは女神さまの魅力にまいってるみたいだもの。
あとでいろいろ聞いてみたいな。
「じゃ、後で」
片手を上げ、背中を向ける、エステリオ叔父さん。
「…あ…」
あたしは叔父さんの後ろ姿に目を凝らす。
彼の身体全体を、うっすらと、光のもやが包んでいるように見て取れたのだ。
熱もなく燃えあがる銀色の炎のようにも思えた。
あれが、魔力なのかな?
学院で学び始めたばかり、だって?
謙遜も行きすぎると思う。
感じるもの。
エステリオ叔父さんの中にはすごい力がある。きっと公国立学院とかっていう場所に行くまでに魔法も勉学もかなり励んできたのに違いない。
ベッドに座って、あたしは、手を握ったり、開いたりしてみた。
現実の、確かな、からだ。
あたし……生きてる。
約束を、思い出した。
あたしは、女神さま……ううん、あの子、ラト・ナ・ルアに約束したのだ。
今から五十年後、人間に殺されるはずのラトを、助けるんだ。誰にも殺させたりなんかしないんだ。
どうして少しの間でも忘れていたの?
あたしには、やらなきゃいけないことがある。
そのためにも、時間をむだにはできない。
叔父さんが学院から帰宅したら、相談したい。
もちろん魔法をみてもらわなくっちゃだけど、ときどき変な感じがすることを。
前世では、あたし、ワシントンにいた。
その頃の地上はとても人が住めるところではなくなっていて、人間達は意識をデータに変換して眠りつづけていた。
あたしは死者の都市を管理していた職員のひとりだった。
……と、思うんだけど。
でも、おかしい。
別の時代、別の人間だったことも、あったような気がしてならないのだ。
そのときのあたしは……トーキョーの……どこにいたの?
と、その前に。
急いで服を脱いで、たたんでもとの場所に置いて、寝間着に着替えて、ベッドに入らなくては。
もうじきローサが、起こしに来てくれるはずだもの。
ベッドでうとめきながら考えることも、いっぱいあるんだから。
少し直しています。