第5章 その24 スノッリとカルナック(修正その2)
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我が家の大広間を改修してくれている職人さんたちの頭領。ドワーフのスノッリ・ストゥルルソンさんの申し出は、あり得ないようなことだ。
このエルレーン公国でドワーフ、エルフと呼ばれている人たちは、もともとは大陸北方に居住するガルガンド氏族の人たち。
エルレーン公国に定住して工芸細工や建築の仕事をやっているのは表向きの顔。本来は傭兵として、通常の戦力の他、諜報活動にも貢献しているのだって。
ものすごく光栄で有り難いこと。
けれど無邪気に喜んでもいいものかしら?
だって、あたしは体力とか魔力とか、まだまだダメダメなレベルだって、エステリオ・アウルの隠し部屋で魔法を使ってみて痛感したし、今だって疲れるからリドラさんに抱き上げてもらっているのだ。恥ずかしい。
「過分に、ほめていただけたのは、うれしいです。でも、わたしはそんなたいそうな魔力を持っているわけではありません。さきほど、以前スノッリさんが作られた部屋で魔法の練習をしていましたが、すぐに魔力を使い果たしてたおれてしまいましたもの」
「わはは! なんじゃ、リディ、教えとらんのか。あの部屋のことを」
スノッリさんはいたずらっぽく眉を片方、持ち上げた。
「カルナックの注文でな。あの部屋では、少し思っただけでも通常の十倍の魔法が放たれるが、それに必要な魔力は通常の五十倍に設定してある。自動的に大量の魔力を消費するできておる。すぐに魔力が尽きても、むしろあたりまえだからのう」
「えええええ!」
聞いてないです!
「それは黙っているようにって、カルナック師匠の指示だったもの」
リドラさんが言い訳するように応えた。
「生まれ持った魔力がどれほど多くても、それに甘んじることなく、どんどん使って魔力を増やしていけるように指導するのが、わたしで。っていうか、スノッリはもちろん知ってるよね。こっちの彼女。それが家庭教師のヴィー先生の役割だから」
「お久しぶりです。覚えておいででしょうか。ヴィーア・マルファです」
あたしとリドラさんの後ろにして見守っていてくれたのだろうヴィー先生が、会釈した。
普段の言動からしてみると先生にしてはずいぶん控えめだ。
「もちろん覚えておるとも、赤毛のお嬢さん。ティーレと二人組が長かったリディが他に冒険者仲間を増やすとは意外に思ったからの。相変わらずの別嬪さんじゃのう! そうか、今はこの姫さんの家庭教師か」
くっくっと楽しげに笑う。
「やりがいのある仕事です。スノッリさんのおっしゃるとおり、彼女はまさに姫君。女神のような美しさと能力を持っています。さらに力を伸ばせれば無敵でしょうから」
今までヴィー先生の口からそんなことは聞いたことがなかったけど。
本音なの?
リップサービス?
「だから、アイリス嬢。ここはありがたく氏族長のお申し出を受けておくといい。めったに得られない強力な後ろ盾だ。良い機会だ」
あたしを見やり、ヴィー先生は、晴れやかに言った。
「スノッリ叔父さんは気むずかしいから、こんなこと普通は言わないのよ」
リドラさんの声が、とても優しい。
「武力だけじゃないわ。情報も掴むし、それに今となっては誰も居場所を知らない、かつてイル・リリヤ様からの直属の使命を受けて動いていた精鋭部隊『 欠けた月 』との繋ぎを取れるのも、ドワーフたちだけだから」
リドラさんってば、さらっとすごいこと言わなかった?
「あの、それ、わたしが聞いてもよかった? 機密事項とかじゃないの?」
「わははは! 噂にたがわん面白い姫さんだな。普通の六歳児の言葉ではないのう」
スノッリさんがお腹を揺すって大笑いしたので、あたしは失敗に気づいた。
うっかり、自分の今の外見が六歳の幼女だということを忘れていたのだ。
「気にせんでもええ。事情は聞いておるよ。カルナックから」
優しい、真っ黒な目と、黒い髪が、なんだか懐かしい。
前世の、日本人を思い出させる色合いだ。
「カルナック様とお知り合いなんですか」
「ふむ。ドワーフとエルフで、カルナックのことを知らぬ者はおらんよ」
つやのある黒い目を、すうっと細めた。
「安心しなされ。わしらは共犯者じゃよ。ずっと昔からのぅ」
ずっと昔って?
いったい、どのくらい前から?
あたしの知らないことは、いっぱいある。
けれど……。
あたしはまわりを見渡した。
仕事の手を休めていた皆さんが、ちらちらスノッリさんを見ている。
「ありがとうございました、スノッリさん。お仕事のじゃまをしてしまってごめんなさい。いつか、おはなしを、もっとくわしくきかせてくださいな。ずっとむかしの、学院をお作りになった《影の呪術師》さまと、お嫁入りされた公女さまのこととかも」
「ふむ、わしらもそろそろ仕事に戻らねばならんしのぅ。……そうじゃ《影の呪術師》のことならカルナックに尋ねるのじゃな」
「カルナックお師匠様に?」
『よけいなことを、スノッリ』
そのとき、声が響いたかと思うと。
ふいに、一人の人物がその場に姿をあらわした。
全身真っ黒な長いローブをまとった背の高い人物は、色の白い肌に映える長い黒髪を緩い三つ編みにして背中に垂らしていた。
アクアマリンのような青い光をたたえた澄んだ瞳が、困ったように、スノッリさんに向けられている。
カルナックお師匠様、その人だ。