第5章 その23 ドワーフの名の由来(修正)
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我が家の大広間だったところは、現在、床を全部剥がして土を掘り返している。
その作業場の入り口に、彼は立っていて、全体の作業を監督しているようだった。
少し縮れた黒髪が肩から背中にかかるくらい。
どちらかといえばジャガイモ体型。
「おおい! スノッリ・ストゥルルソン! わたしだ!」
リドラさんが手をあげて、彼を呼んだ。
「なんじゃい。わしの名前を呼びおるのは。どこの坊主かな」
愛嬌のある顔が、にやりと笑みを浮かべた。
「誰かと思えばリディか。いかんぞ、いくらお仕着せのメイド服など身につけておっっても、その言葉遣いは、ないわい。すぐにボロがでるぞい。思い出すのう。おまえさん、出会った頃は、髪も短いし男の子みたいな格好をしておったの」
「それは護身のためだってば!」
「なかなか見所のある坊主だと思っとったぞ」
「ああ、いやだな~、おやっさんの前だと昔に戻っちゃうな~。いけない、いけない。気をつけなくっちゃ! いい女はツライわ~」
リドラさんはにっこり笑顔を作った。
腕に抱っこしているあたしに対しては、
「スノッリの親父さんは古い知り合い。昔、サウダージ共和国を脱出するときに助けてもらった恩人なの」
「事情をきいても、いい?」
サウダージ共和国出身って聞いてたけど、脱出とは、穏やかじゃない。
「お嬢さまの、お望みとあらば」
少しばかり芝居がかった口調で。
「サウダージは恐ろしい国。魔力持ちだとわかれば捕まる。で、捕まえて処刑するかと言えばそうではない。捕らえて奴隷にし、道具として消費し使い潰すのさ」
リドラさんは無表情に言った後、スノッリさんのほうを見やった。
表情がゆるみ、微笑みを浮かべる。
「スノッリは困ってる人を助ける活動をしているの。仕事の合間にね」
「それは、ええわい」
スノッリさんは近くにやってきた。
頭に被っていた毛皮のとんがり帽子を取り、胸に当てて。
「絹糸のような黄金の髪。エスメラルダのような緑の瞳。おとぎ話の姫君かと思いましたぞ。察しますところに、この館のお嬢さまでございますかの。お初にお目にかかりまする、わしは銀細工師スノッリ・ストゥルルソンにございますでな」
真っ黒な、キラキラした目で見るの。
「はじめまして、スノッリ・ストゥルルソンさん。わたしはアイリス・リデル・ティス・ラゼルです。抱っこのままで、ごめんなさい」
「さっきまで魔法の練習をしていたから。例の、アウルの部屋だよ」
「ほほう。役に立ったかの」
「ええ。とっても!」
あたしが身を乗り出すと、スノッリさんは身体を揺すって笑った。
「おおい皆、しばらく休憩じゃ!」
合図をすると、作業をしていた三十人ほどの人たちが手を止め、思い思いの場所に腰を下ろした。エルフっぽい金髪で白い人も、ドワーフっぽい黒髪の人も。
スノッリさんはとっても気さくで明るく楽しいおじさんだった。
ひげ面で、お酒好きそうな赤ら顔をしている。
「ドワーフとエルフという氏族名のことかの。……ふむ。あれは何百年前のことになるかのう……エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに学院を設立した『影の呪術師』と呼ばれていた魔法使いに、当時の公女さま、ルーナリシア殿下が嫁ぎなすった」
「絵本で見たわ! 大好きなお話しよ」
「本当のことだったんじゃよ。お姫さまと、精霊に育てられた魔法使いの結婚は」
「そうなの!? 知らなかったわ! おとぎ話がほんとうだったなんて!」
スノッリさんは、機嫌良さそうに、顎髭を撫でて引っ張った。
「披露宴に招待された我々は、祝いの品を献上したんじゃよ」
まるで昨日のことみたいに話すのね。
「献上? どんなものを?」
「大公殿には空から降った鋼を鍛えた剣を。公女様には銀細工にルーナリシアをちりばめたティアラを。魔法使いには星を宿したトネリコの枝を。大公様はいたくお気に召して、細工師にはドワーフと、鍛冶師にはエルフと名乗ることを許すと、お墨付きを頂いた」
「エルレーン大公の一存で決めたことではないの。《世界の大いなる意思》が、それを許したと、カルナック師匠から聞いているわ」
リドラさんが、あたしの髪を撫でて笑う。
「ガルガンド氏族国家は、元々、いくつかの氏族の集まりだ。わしらみたいな、魔力なしもいるし、ティーレのような『精霊似』のやつらもいる。ドワーフだエルフだ、ごたいそうな氏族名をいただいたもんだが、まぁ、みんな結局は、同じ鍋のスープを食った仲。一声かけりゃ仲間が集まるってもんよ」
熱心に聞き入っているあたしに、スノッリさんは、にんまりと笑って。
「わしは魔力無しだが、ひとの魔力の多さはわかる。お嬢さまは相当なもんだな。リディやティーレよりも多い。こんなのはカルナック様とコマラパ様以来だ」
ひとしきり、頷いて。
「お嬢さまは《世界の大いなる意思》に愛されている。気に入った!」
再び、がはは、と身体を揺すって豪快に笑う。
「なんかあったら、わしに一声かけな。ガルガンドの傭兵は皆、わしの号令で動くでな」
「傭兵?」
きょとんとする、あたしに。
リドラさんはそっと告げる。
「ガルガンド軍は、雇い主よりもアイリスの要望を優先して受ける。そう誓ってくれたのよ」
「え! それって!」
もしかして、すごいことじゃないかしら!?