第5章 その22 スノッリ・ストゥルルソン(修正)
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初めて、魔法を自分の意思で限界まで放った、あたし、アイリスは。
魔力切れで倒れて、隠し部屋から運び出された。
エステリオおじさんの書斎のソファに横になって、カルナック様がリドラさんに託していた、精霊様の聖なる水をいただいたの。
あとはじっと寝て回復を待つ。
動けるくらいに体力が戻ったら、スノッリさんに紹介してくれるって、ヴィー先生とリドラさんに約束してもらったの。
やっぱり剣と魔法の世界なの?
わくわくしてきたわ。
「そのまま寝てていいからね。今後の方針を説明するよ」
「はい、ヴィー先生」
「どうだった、魔法は。考えていたのと違った結果になっただろう? イメージするものと実際の効果を擦り合わせて、現実的に使いこなせるようにするのが目標だね」
ヴィー先生は、爽やかに笑った。
「それ、むずかしそうです」
正直に応えると、ヴィー先生とリドラさんは、大いに笑った。
「だいじょうぶよアイリスちゃん! 入学するのは九歳だから! まだまだ時間はたっぷりあるのよ」
リドラさんが太鼓判を押してくれたから、ちょっと安心して。
少しだけ、眠った。
※
目が覚めたあたしを待っていたのは、ローサの笑顔だった。
「お嬢さま、お疲れでしたね」
熱いおしぼりを持ってきてくれる。
この世界では湯沸かし器なんて気の利いたものはない。ローサが台所で湯を貰ってきてくれたのだろう。
そして、顔や首筋を拭いてくれるのは、リドラさんの担当。
(前世が男性だったって知ってるけど、的確だし細やかな気遣いをしてくれるし)
それに好みのタイプは渋いおじさまだって聞いたし。
「ローサ、お嬢さまを大広間にお連れするわ。エルフとドワーフの仕事に、興味がおありなの」
「かしこまりました」
ローサはあれこれ詮索しないので助かる。
もちろん、リドラさんたち魔法使いに全幅の信頼を置いているからでもある。
さっき魔力切れをしたのだからと、リドラさんはあたしを抱き上げる。
「もう、だいじょうぶなのに」
「念のためですわ、お嬢さま」
リドラさんは大股で、いえ、歩幅大きめで、さくさく歩くのです。しかも揺れない。
書斎を出て廊下を進む。
家のあちらこちらで作業をしている人がいる。
我がラゼル家では、かなり大がかりな魔術的検証が行われているの。
おじいさまがどこに何を仕掛けているかわからないから。
そのおじいさまも死んでしまったから、よけいに。
長くのばした淡い金髪に明るい色の目、色白でほっそりした人たちが、計器みたいなものを持って、手を壁や床にかざしている。
「あれがエルフ。魔法の痕跡を追うのに長けています」
それからふっと笑って。
「ティーレもそうでしたでしょう」
「そうなのね……あの人たちはティーレさんに似ているわ」
「そういうことです。ティーレはガルガンド国の『エルフ氏族』でしたから。ドワーフと含めて、きわめて精霊に近しい種族で、セ・エレメンティアとも呼ばれる精霊枝族というくくりになります」
素早く移動しながらリドラさんは説明してくれた。
あっという間に大広間(もと大広間だったところ)に着いた。
「そして、あれがドワーフ。エルフより身長は低めで、黒髪が多いですね」
指さしたところにいたのは、あたしがイメージしていたのにそっくりな、黒髪で体型はジャガイモに似てる、おじさんの背中だった。
この人が?
おじさんの書斎に隠し部屋を作った、
腕の良い、ドワーフの細工師さんなの?
「おおい! スノッリ・ストゥルルソン! わたしだ!」
リドラさんが手をあげて、彼を呼んだ。