第5章 その21 本当に居たドワーフとエルフ(修正)
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「魔導師協会の依頼でエステリオ・アウルのために隠し部屋を作ったのは確かにドワーフの細工師スノッリだけどね。その頃は、ここは先代当主の書斎だった」
なんで微妙な表情なのかな?
疑問がわいてきたけど、ひとまず置いておく。
だってリドラさんはこう言ったんだもの。
「細工師スノッリなら、この館に滞在しているわよ」
「ええっ! ほんとう!? 会いたいです! すっごく」
あたしの前世、月宮有栖は、指○物語とかファンタジー小説が大好きだったから。
映画になったときのエルフ役の俳優さんが素敵だった、とかはナイショです。
「今、大広間の改装工事をドワーフとエルフで請け負っているからね」
ヴィー先生も、こう言うんだもの。
大興奮です!
「えええええええ! エルフも?」
「目が輝いているわね。でも多分、有栖ちゃんの予想とはちょっと違うのよね」
リドラさんはいたずらっぽく笑った。
「じゃあね、そのお水を飲んでしまいなさい。『精霊の森』の根源の水よ。精霊の許しがなければ人は手を触れることもできない貴重なものだから」
そんなこと聞いたら、グラスを持つ手が止まってしまう。
「そんな貴重なものを、あたしに? いいの?」
「カルナック師匠が手配してくれたんだよ」
と、ヴィー先生。
「師匠は精霊の愛し子にして《世界の大いなる意思》の想われ人だからね」
こう引き取ったのは、リドラさん。
「カルナック師の願いでなければ、精霊は許さなかった。師匠にとってアイリスちゃんがどれほど大事な存在か、理解しておいてね」
あたしは貴重な『聖なる水』を、できるだけ丁寧にゆっくり飲んだ。
※
ところで、我がラゼル家の大広間はいま、大がかりな改装が行われています。
あたしの六歳のお披露目会は、おじいさまが以前、事業をお父様に受け継いでもらって都を離れる前に、広間の床下に怪しげな『円環呪』とかいう禁じられている魔法陣みたいなものを仕掛けていたせいで、床が吹き飛んだり下の土が出てきてたり。もうめちゃくちゃになっちゃったから。
都を離れたのは、さぞ不本意だったんだろう。
カルナック様が、おじいさまにそう言ってた。
接見禁止命令とか、引退勧告とか……。
あたしには、むずかしくてよくわからないけど。
まだどこかに何かしら危険物が仕掛けられているんじゃないかって館じゅうを調べて、床も張り直して元通り以上にきれいにするんだって、お父様が張り切っている。
魔法的な意味で、そのほかに物理的な、たとえば軍隊に攻め込まれても持ちこたえられるようにしたいというんだけど……。
でも、あまり目立たない方がよくない?
うちは伝統は古くても、王侯貴族じゃなくて平民、ただの商人だもの。
やりすぎたら、文句をつけてくる誰かがいたりして。
六歳幼女のアイリスは知らないけど。
前世の記憶を持っている『月宮有栖』は、かつての地球の(たぶん中世ごろの)貴族社会というものの恐ろしさの片鱗を、僅かながら知識として覚えているのだ。
お父様、くれぐれも処世には気をつけて!
お母様も、アイリスも、お父様がとても大切なんだから。
そして、おじいさまのこと。
事件のあとになって、壊れた『円環呪』の側に、ひからびたミイラみたいなものが転がっていたの。
それが、おじいさまだった。
カルナック様がお調べになって、おっしゃるには。
おじいさまは、もう、とっくの昔に死んでいたんだ、って。
ぞっとしたわ。
じゃあ、確かに会って話したはずの、お爺さまは……?
「邪な魔法の痕跡を嗅ぎ分けることに、そしてそれを排除することにかけてはガルガンドは一流だからね」
リドラさんの目が、青みを帯びて艶やかに光を放つ。
すごくきれいで、すこし、怖い。
「ガルガンド?」
「そうだよ」
ヴィー先生は、胸を張って言う。
「あとで本人の口から聞くといいよ。ガルガンド氏族国の民は精霊枝族と呼ばれ、公式には、どの国とも同じように距離を置いている。他国に赴き、住み着いているガルガンドの民は、かの故郷の国とは関係なく『エルフ』と『ドワーフ』と名乗ることをエルレーン大公によりお墨付きを賜ったのさ」
「遠い昔にね」
リドラさんが付け加えた。
その青い目は、どこかはるか彼方を見ているように思えた。