第5章 その16 マクシミリアン君のことはあたしにはどうにもできないけれども(修正)
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真っ暗な部屋の中でうずくまるマクシミリアン君の姿を見て、あたしはすっかり動転してしまった。
けれど、
「落ち着きなさい、アイリス。真夜中よ。部屋が暗いのはあたりまえ」
スゥエ様がおっしゃったので、はたと我に返る。
「そうでした。でも、スゥエ様。暗いのはいいとして、マクシミリアン君、夜なのに寝ていません。起き上がってもいません。だいじょうぶかしら……」
「彼のためにアイリスにできることは、ないわね」
ラト・ナ・ルアは、容赦ないです。
「放っておきなさい。立ち直るには時間が必要。これは彼が自分自身で乗り越えるべきことよ」
「でも、マクシミリアン君は、あたしとアウルの魂を助けてくれました。命の恩人です。放っておくなんてできません」
あたし、アイリス六歳のお披露目会で起こった事件のとき。
お爺さまが我が家の床下に仕掛けていた『円環呪』が発動して、それをきっかけに事態は取り返しがつかなくなるところまでいってしまった。
人々の生命力や魔力を吸い上げて『魔の月』に捧げるために、お爺さまが用意した仕掛け。
狙われていたのは、エステリオおじさんだった。
子供の頃に『生贄』にされるはずだった、アウル。
エステリオ・アウルは『魔の月』セラニス・アレム・ダルに憑依されて操られていた。
魔法使いたちは次々に倒れて。
弟子であるアウルを殺せなかったカルナック様は、傷を負った。
セラニスは、本当はどうしたかったんだろう。
あたしの魂に、自分の大切な『システム・イリス』の匂いがしたからって、あたしを連れて行って氷漬けにして永遠に自分の側に置くのだとか言ってたけど。
あたしがいやがって抵抗したら、
「面白くないから、もういらない」
こう言った、彼は。
本当は、何が欲しかったの?
状況が自分の思い通りにならないことに怒り、あたし、アイリスを殺そうとしていた。
カルナック様から授けられた『炎の剣』で、マクシミリアン君がアウルに憑依していたセラニス・アレム・ダルを刺して、止めてくれたから。
それが反撃のきっかけだった。
その後、カルナック様と、カルナック様を育てた精霊、レフィス・トールとラト・ナ・ルアが、やってきてくれたから。
だから、あたしはここに。
生き延びていられるのだ。
「あたしは沢山の人に助けてもらいました。お父様、お母様。ローサやトリアさん、うちで働いていてくれる人たち。ヴィー先生、エルナトさま、魔法使いの人たち。精霊のレフィス・トールさんとラト・ナ・ルアさんにも。それから、あたしの魂の中に居るイリス・マクギリス、システム・イリスにも。そして、マクシミリアン君にも。あたしを守ってくれた守護精霊たちにも」
胸を押さえる。心臓の鼓動を感じて。
あたたかい、何かが。全身を巡っていくのが、わかる。
「あたしはみんなに、おかえししたいんです。まだ、なにをどうすればいいのか、わからないけれど」
「……ずいぶん、成長したわね。アイリス」
スゥエ様が、優しく微笑んだ。
「その調子よ。50年後の、あたしを助けてね、約束よアイリス」
女神であるラト・ナ・ルアが言う。
カルナック様のそばにつきっきりでいるラト・ナ・ルアの、『あり得る可能性の一つ』では、彼女が死んで、人間は滅びる。そしてラト・ナ・ルアは「世界」に還元して「女神」となり、今、あたしの前に立っている。
ぜったいに、そんなことにはさせない!
あたしは決意をあらたにする。
「アイリス。そろそろ目覚めるときよ」
優しく笑うスゥエ様。
「スゥエ様、待って、まだ……」
「マクシミリアンのことなら、心配しないでいいわ。彼のお母さんだっているし。お父さんだって、取り調べは受けているけど、巻き込まれて利用されただけだから……注意されるくらいですむわ」
「それに」
ため息をついて、ラト・ナ・ルアは面白くなさそうにつぶやいた。
「カルナックだって、彼を放ってはおかないわよ。様子を見に行くくらいはするんじゃないの」
「やっぱりマクシミリアン君のことは特別に思っていらっしゃるのでしょうか?」
マクシミリアン君のことは、あたしにはどうにもできないと言われても、そこは気になってしまう。
「……まあ、専属騎士というくらいには。たぶん、今日あたりは会いに行くかもね」
不本意そうに呟く、ラト・ナ・ルアの顔。
それが、あたしがその朝、本当に目覚める直前の記憶でした。
そろそろ起きて。
アイリス。
一日の始まりだ。
どんな瞬間だって、かけがえのない、大切な一日の。
ああ、お着替えの時間だわ……けさのお洋服は、どんなかしら?
目覚めるときって、案外、どうしようもないことを考えているものね。