第5章 その15 二人の女神、ラトとスゥエ様(修正)
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子供部屋のベッドで自分自身が眠っている姿を見るなんて、妙な感じがするものね。
二人の女神様を振り返ってみる。
すらりとした美しい立ち姿。
共に青みがかった銀色の長い髪は身体に沿って足下まで流れ落ちている。アクアマリン色の光を宿した住んだ瞳、きめのこまかい色白の肌。シルクのようなつやのある純白のドレス、素足に履いているのはヒールのない柔らかそうな繻子の靴。
なんて華奢な美少女。
女神様たちが髪をかきあげたり動いたりすると、銀色のもやが集まったり離れたり、細かい粒子が飛び散って、とてもきれい。
まるで、おとぎ話に出てくる仙女さま。
人間離れした美貌に引きつけられない人なんていないわ、きっと。
「スゥエ様。ラト・ナ・ルア様。ありがとうございます。いつも気に掛けてくださって、本当に感謝しています」
「ちょっと、あたしに『様』はやめて。かゆくなっちゃうわ」
焦った様子で、ラト・ナ・ルアは手を伸ばし、あたしの言葉をさえぎった。
「お礼言われるなんて、慣れないわ!」
完全なるツンデレでした。
顔が赤い。
「あら、ラト。人間からすれば、あなたも紛れもないセレナンの女神でしょう。イリスたちを温かく見守っているところ、わたし感動しました!」
スゥエ様は本気でおっしゃっています。
ラト・ナ・ルアは、たじたじとなってる。
……珍しいもの見ちゃった、かも。
勢いづいて、あたしは尋ねてみる。
「ラトは知ってるんでしょう。カルナック様が、ずっと待っている人のこと」
「そのことなら」
少し平静を取り戻したラト・ナ・ルアが、言う。
「アイリスが気にすることはないわ。マクシミリアン君だって、まだ八歳だし。あんたには、それより大事なことがあるでしょ」
「はい」
あたしは頷く。
言われるまでもないこと。
「約束したわね、アイリス。それは、あんた自身が幸福に人生を全うすること」
「……あたし幸せになれるのかな。なんだか、不安で」
「原因は、わたしにはわかっていますよ、イリス、アイリス。有栖。いつも一緒にいて、安心させてくれた叔父さま、エステリオ・アウルが。今は体力も魔力も回復しないまま、眠ったきりだからでしょう」
「その、とおりです」
うつむいてしまう、あたし。
アウルの意識は戻ったけれど、魔力がごっそり奪われていて、それに傷もあるし身体は回復していなくて、昨日、やっと立ち上がって、歩く練習を始めたところなのだ。
いけない、暗くなっちゃ。
アウルは絶対に元気になるんだもの。あたしの婚約者なんだから!
気持ちを切り替えよう!
「そうだ、マクシミリアン君はどうしているかしら。あれから会っていないわ。女神さまたち、教えてください!」
「あら、どうして知りたいの?」
「アウルの容態じゃなくて?」
スゥエ様はナチュラルに、ラト・ナ・ルアは、面白がるように、とぼける。
「アウルはいいんです! だいじょうぶだってカルナック様が言ったもの。だけど、マクシミリアン君は真面目そうだったし、お父さんが捕まってるなんて、あたしなら、すごくつらいもの。それに、あたし」
一呼吸おいて。
「マクシミリアン君の恋を応援してるんですっ!」
一瞬、スゥエ様とラト・ナ・ルアは、きょとんとして。
次の瞬間、ラト・ナ・ルアが、大爆笑した。
「面白い! グラウ姉さまの言ったとおりだわ、人間って面白い!」
「あの~、ラト・ナ・ルア、ちょっと遠慮がなさすぎませんこと?」
「スゥエの方こそ、もう少しユーモアを身につけるべきよ。せっかく人間たちに接しているんだから」
ラト・ナ・ルアったら、そんなに笑わなくてもいいと思うわ。
「わたしはアイリスがマクシミリアンに共感するのはいいことだと思うわ。将来、彼にはあなたの護衛になってもらう予定なのですから」
ラト・ナ・ルアの笑いの発作がおさまるのを待って、スゥエ様が言った。
「そうだった。確かに親しくなっているに越したことはないわ」
しばらくして、落ち着いたらしいラト・ナ・ルアも、スゥエ様に同意した。
二人の女神様たちは、次に、マクシミリアン君の様子を見せてくれたの。
銀色の空間に、さっきみたいに、覗き窓が形作られていく。
見えてきたのは……
真っ暗な部屋の中。
膝を抱えてうずくまる、マクシミリアン君だった。
マクシミリアン君?
いったいどうしたの!?