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第2章 その3 DNA? ここ異世界だよね?


          3


「DNA ?」

 突然、激しい違和感をおぼえる。


 ……デオキシリボ核酸(デオキシリボかくさん、英: deoxyribonucleic acid、DNA)は、核酸の一種。地球上の多くの生物において遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質である。右回りの二重螺旋構造を……


 どこからかやってくる情報。

 これはなに?

 ううん、それよりも重大な疑問がある。


「おじさま? いま、DNAって?」

「あ。つい」


 いつも冷静なエステリオ叔父さんとも思えない声がした。

 そして、ふいに、それまで暗かった情景が一変する。

 薄明るい、夜明けの空のような色をした空間を、あたしはゆっくりと落下していた。


 さきほど見えていた銀色の光は、底の方からわき上がってくる銀色の奔流へと姿を変えていた。

 二重螺旋構造をした幾筋もの光の奔流が足下まで迫ってくる。


「DNAの……流れ?」

「きみが知覚したから、そういうふうに見えているんだよ。それにしても、それがきみの魂の姿か。ものすごい美人だな。ちょっと困るよ」

「え?」


 すぐそばから聞こえてきた声のほうを振り返り、あたしは驚く。

 そこにいたのは、エステリオ叔父さんではなかった。


 黒い髪に黒い目、日に焼けた肌をした、十七、八歳くらいの青年だったのだ。


「あなたはだれ!?」


「そんなに驚かないでくれ。おれだよ、エステリオ叔父さんだ。これがおれの魂の姿なんだよ。まだ身体になじみきっていないせいか、前世の姿をしているようだけどね」


「前世!? おじさまは、生まれ変わりなの?」


「きみもそうだろ?」

 屈託無く、優しい笑みを浮かべる。

 ああ、この人は、確かにエステリオ叔父さんなのかも。

 

「実を言うと前世の人生の詳細は、今ではよく思い出せなくなってきたけどね。住んでいた国は『ニホン』で、『東京』の『杉並区』というところだ。たぶん……死んだのは西暦2040年頃かな。そして、気がついたときは『何もない白い空間』みたいなところにいて、女神さまに、生まれ変わるってことを聞かされてね。身近にいる同じ境遇の魂を守って、助けてほしいと頼まれたんだよ」


「そういえば……あたしが会った女神さまは(ちょっぴり人間的で女神らしからぬ女の子だったけど)助けてくれる人がいるようにしておくって言ってた。おじさまのことだったのね」


「おじさまって呼ばれるのは、なんか気恥ずかしいんだけどね。そうだな。今おれたちがいるこの世界では、転生者はけっこういるみたいだよ。『先祖還り』と呼ばれている。あとで、また詳しく教えるよ」


「先祖還り……」

 あたしは両手を見る。

 てのひら。腕。

 ふわりと頬に触れる長い髪。


「でも、これ、三歳の姿じゃないわね」

「そうだな。二十歳くらいかな? 美人だな。きみが一番よく覚えているときの姿なんだと思う。おれはそうだから」

 叔父さんは目をそらした。


 どうしたのかな。困惑してるの?


「なんだか言葉遣いとか違って、エステリオおじさまじゃないみたい」

「そんなこと言われても」

 おろおろする。そんなところは確かにエステリオ叔父さんだ。からかいたくなって、さらに、言う。

「若者みたいだもん。なんかヘン」

「あ~、なんかごめん。魂の姿だと、前世の記憶に引きずられるみたいで」

 叔父さんが、軽く咳払いをする。

 魂なんだからその必要はないのに。


「女性には慣れてないんだよ。おれ、生きてるときは女性に縁が無かったんだ。彼女いない歴イコール年齢、みたいな。お手柔らかに頼むよイーリス」

 少し恥ずかしそう。


「あたしをイーリスって呼ぶのは?」

 突っ込んでみる。

 叔父さんは、とたんに、しどろもどろになった。

「女神様が呼んでたのを覚えてしまったかな。イリス、アイリスって。優しい笑顔でね。いやいやいや、女神さまの笑顔! あれは反則だから! 可愛いすぎるだろ!」


 真っ赤な顔で、こぶしを作って叫ぶおじさま。

 どういう青春時代だったのか。

 なぜだか痛々しいです。

 話題を変えようかな?


「……そうねえ。あたしも『トーキョー』なら知ってるわ。同僚のお気に入りの都市だったから、話してくれたのよ。彼らは好きでよく潜っていたから……」


 そしてある日、ジョルジョとキリコは戻ってこれなかった。


 記憶のかけらが浮かび上がり、意識をかすめる。

 なぜだろう。涙がこぼれた。


「イーリス! ごめん、何かつらいことを思い出させてしまったかな。すまない」

 叔父さんが慌ててる。

「ううんいいの。……もう、ずいぶんむかしのことみたい……目覚めると消えていく夢みたいに手応えはないの」


 叔父さんが(やっぱり叔父さんだと考えるのは違和感があるけど)あたしの手を取り、ぎゅっと握りしめる。

 夜明けの薄明に似た空間を頼りなくどこまでも堕ちていく、あたしのそばにいてくれるのは、まぎれもなくエステリオ叔父さん。その体温は、確かなものだ。


「じゃあもう少し、降りていくよ。そのために来たんだから。ここは生命の底……根源に近づいている。ごらんイーリス」

「何かが下からやってくるわ!」


 少し怖い。


「来ているんじゃない。次々と生成されているのさ」

「生成されて?」

「この世界の根源の存在、セレナンは無限の生を生きている。おれたち人間も、この世界にいる限り影響を受けないではいられない。だから……魔法や、魔力と呼んでいるものが、呼吸をするたびに、おれたちの魂に取り込まれる。流れを見てごらんイーリス」


 おじさまの手が指し示すほうを、あたしは目をこらして見る。


「二重螺旋のすぐそばを見て」

「あれはなに? 銀色のもやみたいな、リボンみたいなものが……一緒になったり離れたりして……揺れてる」


 DNAの二重螺旋に見えるものは、あたしの持っている生命のイメージを、自分の視覚に変換して脳が見ているのだと、叔父さんは言う。


「それが魔力の流れだよ。きみの中にもある。それを意識して、血管を流れる血と同じように、イメージしてごらん」


「よくわかんないわ! もういい、どうでもいいわ、魔法なんかいらない!」

「イーリス!」


 パニックを起こすあたしを、黒髪の見慣れない青年であるエステリオ叔父さんが、ぎゅっと引き寄せて、抱きしめる。


 おお。もしかしてロマンス映画みたいな場面なのかしら?

 人ごとみたいだけど。


 

 前世の記憶が、ふとした拍子に蘇る。


 末期の地球。地球に数カ所設置された管理局に残された一握りのスタッフ以外の、ほぼすべての人類は電子的なデータに還元されて、地球そのものの地磁気を使って作り上げられた電脳空間に住み、生まれることも老いることも病気も死もない、かわりに一切の変化もない、かりそめの生を享受していた。その膨大なデータ管理のため造られたシステム『イリス』だったあたしには、現実の肉体もなく人と触れあうこともなかった。でも生み出されてから数百年たった頃、科学者チームは『イリス』を『システム管理者』にしてルート管理権限を持たせ、完全細胞から合成した、いわば長持ちする肉体を与えることで、管理局の人材が老いや病気で死んだりして減っていくことを補おうとしたのだ。滅亡に瀕した地球に残された管理局員たち、僅かな『生きた人間』の生存本能は摩耗しきっていて、人口の増加率は緩やかにゼロへと移行していき、いつしか人の営みは失われて久しかった。やがてカタストロフィが訪れ、地球そのものがずたずたになってしまったから、地球最後の生命になっていたあたし『イリス』も死ぬほかはなかったのだけれど。


 ……ふと、そう感じたことさえ。意識の外を流れてどこへともなく消えていく。


 人の身体って、あたたかい。

 それからちょっと残念ながら、柔らかくは、ないわね。

 筋肉の付き方が女性とは違うんだ。

 エステリオ叔父さんの前世は決して筋肉を鍛えてるとは言いがたい、ひょろっとした背の高い男の子だったけど。それでも、あたしの知っている同僚の女性の腕より、ずいぶん、堅い。


 あたしたちは、どんどん底まで降りていく。


 周りじゅう、銀色の奔流に覆われて、目の前は白い闇。

 今にも流れに呑み込まれそうになる。

 引き剥がされてしまいそうで、あたしも、黒髪の青年を抱きしめる。

 ……やっぱり、エステリオ叔父さんだと考えるのは、なんか腑に落ちないんだけど。


 とくん。とくん。

 身体の中で、魂の底で、何か、温かなものが、流れ始めたのを、感じた。



「よかった。目が覚めたね」

「あれっ? ここどこ」

 天井がある。ああ、現実の世界に戻ってきたのか。


 妖精たちがふわふわと飛んできた。

 金髪と赤毛の、かわいい少女。2人の姿を見ると、とてもなごむ。


『アイリスアイリス! よかった気がついた!』

『死んじゃったかと思ってこわかったわ! そしたらこのエステリオ叔父さんをただじゃおかなかったけどね!』

「はははは。守護妖精の力は強大だからな。わたしなんか一撃必殺だよ」

『あたりまえだわ!』

『ですわ!』


 気がついたら、エステリオ叔父さんに抱っこされていた。

 膝の上にちょこんと乗っかってた。

 だって三歳の幼女だもんね。

 身体はまだ、すごく小さいんだなぁ。


「魔法もすぐに使えるようになるよ。これから学んでいこう」

 エステリオ叔父さんが、優しく笑う。

「わたしも学院で学び始めたばかりだから、授業のおさらいをかねて」

「魔法を教えてくれるの? うわぁ、やった!」


 うん、身体に引きずられる?

 小さい身体に意識が影響されるって、あるのかも。


 窓の外は、白みはじめていた。


「あ、ちょっとだけ残念。精霊火の光の河、もう少し眺めていたかったな」

「いつでも見られるよ。今朝みたいに」

 エステリオ叔父さんの優しい微笑み。魂の姿のときとは違う余裕があるって、気がついた。大人っぽい感じで、なんか、くやしい。

 叔父さんなんか、ほんとは彼女もいなかった十代の男の子のくせに!


「あたしもすぐに大きくなって魔法もすごいの使えるようになるんだからねっ!」


 誰に宣言しているのでしょうか。あたし。

 三歳になってまもないですが、体の中を流れる魔力を感じ取れるようになりました。

 あとはこれを制御? できるといいらしいです。


 あ。前世の叔父さんの名前、そのうち聞いておこう。






アイリスの前世の世界について書いたり、少し直しました。

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