第5章 その14 カルナック様と恋愛が結びつかない(修正)
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寝落ちした、あたしアイリスは。
真っ白な空間にいた。
ここは! 女神様に会ったところだわ!
「アイリス。元気にしているようですね」
何もない空間からにじみ出るように女神様は現れた。
銀色の長い髪に、アクアマリンの瞳。抜けるように白い肌、十歳くらいの、幼さが残る美少女。虹を意味する名前を持つ、とても優しいスゥエ様!
「スゥエ様!」
あたしは夢中で駆け寄って。
スゥエ様に抱きしめられた。
温かで柔らかい。そしてとっても気持ちの良い、すがすがしさ。
「あなたの幸せをいつも願っています。イリス。そしてアイリス。有栖」
「ありがとうございますスゥエ様」
「ふふん。ま、元気そうじゃないの。よかったわね」
スゥエ様に抱っこされてるあたしに声を掛けたのは誰? なんだかすっごくよく知っている人みたいな気がするんだけど。
「もしかしてラト・ナ・ルア?」
振り向いて、あたしは胸をなで下ろす。
この空間で出会うときのラト・ナ・ルアは、穏やかではないことが多いから、ちょっと心配したのだけど。だいじょうぶだ。明るく笑っている。
「おっと、あたしは、今回のことでは感謝される筋合いじゃないから、気遣い無用よ」
くすっと笑う。
「わかっているでしょうけど、ここは時空の交わる空間。異なる可能性の世界が近づいてるって報せてあげようかと思って」
「ことなるかのうせい?」
「あまた存在する可能性が近づき交わり、現在に影響を与えることもある。でも、あなたが気にすることはないの。卵に戻った妖精達も、いずれは孵化して戻ってくるわ。それに、大切な人との縁もとぎれていない。いいことづくめよ喜んで?」
「いいことばかりだから」
胸が苦しい。
「幸せが多すぎると怖い」
思わず両手で耳を塞いだ。
「ばかねアイリス。素直に満喫しなさいな。しあわせを。でも気になることがあるなら、見てみる?」
そして、ラト・ナ・ルアは片手をのばして、空間に丸い穴を開けた。
その向こうに見えたのは……
子供部屋のベッドに寝ているあたし。
見守ってくれているカルナック様と、リドラさんの姿だった。
二人の会話は……
※
寝落ちしたアイリスをカルナック師は寝床に運び、横たえた。
リドラがリネンシーツと真綿を薄く入れた絹布団を掛けてやる。
「よく眠ってますね、お師匠様」
「エステリオ・アウルが言っていた。アイリスは二歳頃から、毎晩のように世界が滅亡する夢を見て夜中に目覚め、眠れないと訴えていたと。それはシステム・イリスの記憶だったのだろうな」
「可愛い姪っ子ちゃんが、夜更けにアウルのところへ来て訴えるわけですね。そりゃあ、萌えですね」
「……リドラ。なんでもかんでも色恋に変換する癖は如何なものか」
「やだな師匠! ちょっとしたお茶目ですよぅ。重い話は苦手でして」
「あとでティーレに申しつけておく」
「え~。あ、ところで師匠。一つ、つかぬことをお聞きしたいんです。素朴な疑問ってやつでして深い意味はないんすけど……マクシミリアン君のことです」
「彼がどうかしたか?」
カルナックは怪訝そうな表情を浮かべた。
重ねてリドラは尋ねる。
「師匠が自分の『魔力核』を削って分け与えたのには、最初は驚きましたけど、彼の生命を救うために必要なことだったってわかりました。ただ……専属騎士にしちゃったのは、どうなんですかね」
この問いには、カルナックは答えない。
「元カレと、マクシミリアン君と、どっちを選ぶつもりっすか。自分は、いい男が目の前にいたら揺らぎますけど。本命は一人だけです。どっちか選ぶ状況になるなんてイヤなんで最初から全力で避けますよ」
「……似ているんだ」
カルナックは声を落とした。
「、髪の色や顔もどことなく……なにより魂の色が。……たぶん私も寂しかったんだろう……私の見ている前で死ぬなんて許せなかった。おかしいだろう? こんな歳になっても心が揺れるなんて」
「いえ、安心しましたよ。師匠も人間だったんですね」
リドラの顔に、安堵したような笑みが浮かぶ。
「なんだそれは」
つられてカルナックも笑顔になる。
「マクシミリアン君がいれば、師匠もまだ精霊の世界に還ってはいかないかもしれないって思えましたから。だから、安心したんです。自分らには、師匠が必要です。人間の世界にとどまっていてください」
「不肖の弟子たちを置いていけるか」
静かに呟くカルナックの身体は、いまだ夥しい数の青白い精霊火にまとわりつかれていた。
「マクシミリアンは、八歳だ。父親がラゼル商会ご隠居の駒にされていたといっても無罪放免というわけにもいかない。世間の風当たりも強くなるだろう。後ろ盾になってやりたいだけだ」
「……師匠は自分が歳をとらないから忘れてるんですよ。人間はすぐに成長します。特に子供は。彼は……あなたに恋してますよ」
「一時の感情だ。吊り橋効果さ。すぐに忘れて、誰か可愛い女の子を好きになるさ……それに、私は人間じゃない」
※
違うわ!
あたし、アイリスは強く思う。
小さくたって、だいすきって気持ちは、真実だもの。
この点はリドラさんに激しく同意だわ。
カルナック様ったら、自分の美貌とか魅力を、ぜんぜん、わかってない。
あたしはマクシミリアン君の味方になるって決意しました!