第5章 その4 本当のクリスティーナ・アイーダ(修正)
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「クリスタが、そんなに驚いているところを見るに」
カルナック様は、笑みを浮かべた。
とても、楽しそうな。
「エルナンド。それにエルナトも、彼女に事情を説明していないね」
「申し訳ありません。お師匠様」
突然、エルナンド様が、平伏した。
大げさな表現みたいだけど、まさに。ソファから飛び降り、絨毯に頭を擦りつけるかというくらいの勢いで頭を何度も下げて。
「父上!」
エルナト様が、焦っている。驚いている。
「我が家に訪れた、久しぶりの女の子でして。妻のアウラ共々、可愛くて可愛くて。慈しみ癒やし育てたいと、そればかりで日々を過ごしてしまいました」
「お預かりした日から、それはもう我が家は天使が来たと皆で大喜び致しまして。どうかご容赦を、黒の魔法使いカルナック様!」
気がついたらアウラお母様まで! 同じように床に土下座の勢いだ。
「やめてくれないかな」
カルナック様が、目を閉じ額を抑えた。
「黒の魔法使いカルナックだなんて。そんな二つ名、幼児が覚えてしまったらどうする」
「さもありなん」
こう、ため息と共に答えたのはコマラパ様だ。
深緑のコマラパ。賢者様。
「我々魔導師教会は、アンティグア家を非難するために訪問したわけではない。保護し、身柄を託したクリスタ・アンブロジオが、つつがなく過ごしているかどうか気にしただけなのだから」
あたしは思わず、飛び出した。
「お父様、お母様!」
二人と、カルナック様、コマラパ様の間に入って、手を広げた。
「おねがいです。おえらいかたがた。おとうさまとおかあさまを、えるなとさまを、せめないで。あたしはこのうちが、みんなが、だいすきなんです!」
「ほほう」
コマラパ師が、にやりとした。
「仲良くやっているようで、何よりだ」
カルナック様は、優しく微笑んだ。
「エルナンド、アウラ。大きくなったな。出会った時は二人ともまだ幼児だったものが。成人し婚姻を結び慈愛深き親となり、さらには血の繋がらない子を受け入れ、どの子も愛し守り癒やし。あなた方は真に尊敬すべき人だ」
「お師匠様!」
「師匠! 身に余るお言葉……」
「泣かずともよい」
コマラパ師が、感涙しているお父さまとお母さまにハンカチを差し出した。
「二人とも、もう立派な、いい大人なのだから」
こほんと咳払いをして、
「そもそも、おまえがいけない、カルナック。この二人に限らん。初等科に入った子らを最初に脅しすぎるから。誰も彼もトラウマになっておる」
これに対してカルナック様は、気まずそうに
「そうですかね? 私はこれでも、たいそう優しい教師なのに」
呟いて、
「これを皆で飲みなさい」
カルナック様が、どこからともなく口が細くて深い透明なガラスコップを取り出して、お母様たちに飲むように勧めた。
中に入っているのは、とてもきれいなお水!
発泡水みたいなのかな。
細かい泡が底からたちのぼっていくの。
「お師匠様! これは……」
エルナト様が、すごく驚いた顔をした。
「よい。『世界』も赦している。この家の皆には、健康で長生きしてもらわね
ばならん。乾杯。『世界の大いなる意思』に」
カルナック様に促されて、その場の全員は、あたしもメイド長さんも含めて、特別な水を飲み干すことになった。
それは本当に、ふしぎな体験だった。
ひとくち飲めば、世界が変わる。
まるでRPGのポーションみたいな!
身体がとても軽くて、楽に動ける!
客間の扉が、用心深く閉じられる。
お父様、お母様、エルナト様、あたし。そしてメイド長で、現在あたしの護衛をしてくれているリンダさんは、客間に訪れた深緑のコマラパ師と、黒の魔法使いカルナック様と共に、重要な話し合いの場についたのだった。
「最初に言っておく。クリスタ。きみは、クリスティーナ・アイーダという名前は自分の本来のものではなく貴族に保護されたときにつけられたのだと考えているだろう」
「はい。……あ、いえ、よくわからないです!」
「ここでは装う必要はない。むしろ邪魔だ。気持ちを切り替えたまえ、きみがこの世界で言う『先祖還り』すなわち前世を記憶している者だということはわかっている」
「は?」
「前世での名前、きみが何者であったのかは聞かない。通常の5歳児よりも難易度の高い会話に加われるということを期待する」
あたしの喉が、ごくりと鳴った。
カルナック様は、全てをお見通しなんだ!
「その前提に立って、告知する。きみは、アンティグア家のかなり遠い親戚である地方の豪族ロペス家の、生まれてまもない頃に誘拐された、四女クリスティーナ・アイーダ・アンブロジオ・ロペスだ。二代前、きみには祖母にあたる女性が、サウダージ共和国の出身でね。黒髪と黒い目は祖母ゆずりだな。ロペス家には連絡し、裏付けがとれている」
「え?」
どうしよう、頭が、理解がついていかない。
「ただしロペス家の当主と交渉し親権を放棄してもらった。地方豪族ではきみを育てられない。なぜなら」
カルナック様の瞳が、ますます強い青に染まり、光を放つ。
「きみは、このままでは大きくなれない。せいぜいもって数年。十歳にも満たないうちに、生命力が枯渇して死ぬ」
目の前が、暗くなった。
微かな希望と、大きな絶望。
二つを天秤に乗せて、カルナック様は差し出した。
そんなの、天秤に合わない!