第5章 その2 鏡の中の少女アイーダ(修正)
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目の前に在るのは大きな銀の鏡。
この国の貴族やお金持ちが使う鏡は、銀の表面を磨いたもので、装飾も豪華で雰囲気がすてきだ。なんといっても、すごくリッチに見えるもの。
あたしは歩み寄り、鏡に映る少女を見つめる。
ちょっと笑ってみせるのがポイントを稼ぐ。
細かく波打つ豊かな黒髪と、艶やかな黒い瞳。
リネン色の肌は少し荒れているけど、まあまあ見た目は合格ね。
自分で言うのもなんだけど、顔は可愛いんだもの。
まだ七歳の幼女だってとこが残念ね。
足首まで覆う長袖のシルクドレスは、明るい青。
アンティグア家の若き当主、エルナト様のお見立てなの。
あたしはスカートの両脇をつまんでひろげ、両手でそっと持ち上げて、できるだけ優雅に会釈をする。
鏡の中の幼い少女が、ひかえめに、微笑む。
「はじめまして。わたくしはアイーダ・アンブロジオ・ロペス。こちらのお宅の遠縁にあたる者です。伝手を便り田舎から出てきまして、お世話になっておりますの」
ん~。
見た目五、六歳くらいの七歳児の挨拶にしてはおとなっぽすぎるかな?
だけど、エルナト様に恥をかかせないようにしたいの。
命の恩人だもの。
初めて見たときは、天使様が降臨したのかと思ったわ。
おとぎ話に出てくる白馬の王子様って、きっとこんな感じよ。
あたしは前世を覚えているけど。
こんな素敵な王子様はいなかったわ。
エルナト様の隣には、人の良さそうな好青年っぽい人がいたけど、王子様じゃなかった。お兄さんって感じ?
引き取ってくれたのがエルナト様で、ほんとうに幸せ。
今世のあたしは、貧しい家に生まれて、すぐに売られたみたい。
よく覚えていないのだけど。
いつも飢えて、着ているものはどこかで拾ってきたようなボロで、清潔だの衛生だの、だれも考えていなかった。
何かに使われるために、死なない程度に、ただ飼われていた小さい子どもたち。
あたしはその中の一人だった。
もうじき、飢えて死ぬところだった。
全てが変わったのは、そのとき。
エルナト様や魔法使いの人たちが、そこを摘発するためにやってきたの。
あたしは送還する先も無く家もわからず、孤児院行きだろうと言われた。
だけどエルナト様が、保護してくれたの。
アンティグア家にやってきてから、あたしの環境は大きく変化した。
みんな、あたしをとってもかわいがってくれる。
溺愛されてる。なんだか不思議な感じ。
「クリスティーナ・アイーダ。お客様がおいでですよ」
エルナト様のお母様、アウラ様が自ら、あたしを呼びに来てくれた。
「はい。お母さま」
アウラ様は、お母さまと呼ばないと、すごく悲しそうな顔をするの。
だから、あたしは思いっきり甘えることにした。
美人で優しくて清らかで。
今世の実の親からは与えられなかった愛情を、こんなにも注いでくれる。
あたしは……白い鳥の中に混じった黒い鳥なのに。
罪悪感で胸が痛む。
あたしは「きれい」じゃ、ないのに。
「クリスティーナ・アイーダ。お客さまがお待ちかねよ。すごい人なのよ」
お母様は上機嫌だ。
「すごいひと?」
「黒の魔法使いカルナック様と、コマラパ老師様よ」
名前は聞いたことがあるけど。
お会いするのは、初めてだわ。