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第5章 その1 夢見る幽霊(修正)


  1


 ぱたぱたぱた。

 小さい足音が、床を走る。


 ぱたぱたぱた。

 長い回廊を、走り回る。


 高い天井。

 吹き抜ける風。

 中庭には自然を模したロックガーデン。

 けれども『魔力』を見る人間には、それと知れる。


 中庭の上空は、銀色の靄に覆われている。

 広大な大地をあまねく照らす青白く若き太陽神アズナワクの輝きも、柔らかい靄に包まれて霞んでいるのだ。

 半透明な銀色ガラスの張られた温室のように。

 それは学院全体を覆っている天井だ。


 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤ、公国立学院、魔導学部、実践課。


「なあ、おまえ、あれをもう見たか?」

「見てないけど、噂を聞いた」


「男子は遅れてるのね。学院の名物よ」

「そうそう。七不思議の一つ」

「でも、この季節だけよ」


 若葉の萌える季節だけ。


 小さな足音は、夜の回廊を駆け抜けるのだ。


「ルナ。ルナ。もういいだろう?」

 回廊の突き当たりに、一人の壮年男性が立っている。


「ぱぱ?」

 首を傾げて、立ち止まる、小さな人影。

 黒く長い、三つ編みのお下げ髪を垂らして。

 純白の衣をまとう。

 十三、四歳ほどの少女。

 その目は、アクアマリンのような淡い青をたたえて輝く。


「だって、どこにもいないの。さがしてるのに、いないの」

 涙をためた目で、見上げる。


「おいで、我が娘」

 褐色の肌に白髪、白い顎髭をたくわえた男性が、手をのばして、少女の頭を撫でる。

「彼なら、どこへも行きはしない。ずっと、おまえのそばにいるよ。かたときも離れずに」


「ほんとう?」


「そうとも。さあ、見てごらん」

 かたわらを示す。


 少女は、指し示された方向に目をやり、愛くるしい顔を、ぱあっと輝かせた。

「なんだ、ここにいたの!」

 少女より少しだけ背の高い、十四歳ほどの金髪の少年が立っている。


「そうだよ、ずっと、おまえのそばに」

 少年は少女を抱きしめた。

 固く抱き合った、二人は。

 

 淡い銀色の靄に包まれて、しだいに形がうすれ、消えていった。


「今は安らかにお眠り」

 壮年男性は、かすかに呟いた。

「クイブロ。ルナを頼むぞ。眠らせてやってくれ。いずれ眠りから呼び覚ませられるときは、必ず訪れるのだろうが……それまでは」



「お疲れさま、コマラパ老師」

 銀の鈴を鳴らすような声に、コマラパは振り返る。


 そこには十四、五歳の美しい少女が佇んでいた。

 銀色の髪に淡い青の瞳。

 守護精霊である。


「やあ、ラト・ナ・ルア。今年も、なんとか眠ったよ」


「今頃、カルナックは夢を見ているでしょうね。……そばに、いてやって。今は、実の父親のあなただけが……あの人の支えなの」


「セレナンも、酷なことをする。いいかげんに『小さい鷹』を転生させて記憶を還してやればよいものを」


「世界の大いなる意思も、複雑な感情を覚え始めたのよ」

 ラト・ナ・ルアは、微笑んだ。


「それは、嫉妬かもしれないわ。……ふふ。おかしいわね……まるで儚い人間たちのように。世界も、夢を見るんだわ……」


 くすくすと笑いながら。

 精霊ラト・ナ・ルアの姿も、かき消えていった。




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カルナックの幼い頃と、セラニス・アレム・ダルの話。
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