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閑話 (四年後) ある日の魔導師養成学部(2)(修正)


          2


「彼女じゃない? まだ付き合ってないってこと?」

 クリスティーナが首をひねって応える。


 すると、ナタリーは、

「ああ惜しい。ちょっとニュアンスが違うっていうか……」

 また一つ、ふう、と吐息が漏れる。


「さっきマクシミリアン様は、カルナック様のこと、呼び捨てにしていたでしょ。ほかにそういうことしてる人いないわ! コマラパ老師様くらいじゃない?」


「そんなこと気にならなかったわ。ていうかマクシミリアン『様』なの?」

 半ば呆れぎみのクリスティーナだった。


「マクシミリアン様のファンクラブもあるのよ」

 ナタリーは胸をはった。


「あたし、魔力はそんなに持ってないけど、人の魔力の質がわかるのよ。色とか匂いみたいな感じで。それで、この間の授業のときに診てみたら、カルナック様とマクシミリアン様の魔力の質感が、そっくり同じだったのよっ!」


「へぇ~、そうなの。すごい能力を持っているのね」

 クリスティーナはちょっと引いた。そのすごい能力を恋バナに惜しげも無く行使する、ナタリーの熱意に。


「え、そこ? カルナック様とマクシミリアン様の魔力のことは、驚かないの?」

 

「いやいや驚いてる。驚いてます。すっごい驚いてて、どうリアクションしていいかわからないくらい」

 こころなしかクリスティーナの顔色が青ざめている。


「そうでしょ! 二人の魔力が同じってことは、かなり深い絆で、結ばれているってことでしょ? マクシミリアン様って、よくカルナック様の書斎に呼ばれてるでしょ。二人きりで何してると思う!? 悩ましいわ~!」


「ちょっと考えすぎじゃないの……二人きりとは限らないし、だいたいカルナック様は男性だし、マクシミリアン君だって、まだ十二歳でしょ」

 クリスティーナは困っていた。なぜカルナック師とマクシミリアンの魔力が同じなのか、エルナトから聞いて知っているからだ。しかし、ナタリーにもその事情を教えていいかどうかは、自分の一存では判断できない。


 それに、どうしよう。


 もし今後ナタリーが、エルナトとクリスティーナが一緒に居るのを見かけて、魔力の質を診てみようなんて気を起こしたら。二人のそれが、まったく同質の魔力であると気づいたら。

 ナタリーは、どう思うんだろう?


 いっそ、事情を打ち明けて置いたほうがいいのでは。

 などと考えてしまっていたとは、ナタリーは知るよしもない。


 この学院にいる間は、実家が貴族でも王族でも富豪でも貧乏人でも関係ない。

 学問の下での自由と平等を、売り出し中の商人の娘であるナタリーは、こころゆくまで享受しているのだった。


「……ま、いっか」

 ふと、クリスティーナは、呟いて。

「まだ、本当に大変な選択をするべき時は、先にある。女神様は、そうおっしゃっていた。その時までは、モラトリアムを享受していたいじゃない? ねえ、有栖……イリス。今度こそ、ずっと一緒にいよう、ね」


 彼女は右手をぎゅっと握り、また、開く。

 すると、手のひらの上には、薄い羽根を持った妖精の姿があった。


 くるくると巻いた金髪。赤みを帯びた茶色の、温かな瞳で、彼女を見上げる。


「ねえ、ジオ。……ジョルジョ。あなたも、今度こそあたしとずっと一緒にいて、有栖を助けてくれるよね」


『もちろん。アイーダ。今のぼくは、きみの守護妖精だ。もう少し力をつけて、精霊の姿になるには、ちょっと時間がかかるかも、だけどね』

 いたずら妖精のように、ウィンクをして、薄羽根を羽ばたかせ、囁いた。


           ※


 食堂を出たところで、突然、マクシミリアン・エドモントは、盛大なくしゃみをした。


「どうしたの。マクシミリアン君」


「いや、なんか寒気が……?」


「だいじょうぶ?」


「うん、気のせいだったかもしれない。あの人を待たせてしまう、少し急ぐよ」


 アイリスを護衛しながら、マクシミリアンはカルナック師のいる離れ、もとい研究室に向かっていた。

 エルレーン公国、国立学院は、自由で開かれた学院である。

 つまり外からの干渉もたやすく、非常に危険だと言える。

 学内におけるアイリス・リデル・ラゼルの護衛は、彼に任されているのだ。


「アイリスさん、気をつけて。渡り廊下は危険だから、転移陣を使う」

 こう告げると、アイリスは黙って頷いた。

 渡り廊下は危険。

 見知らぬ人が、親しげな顔をして寄ってくることがあるからだ。


 入学してから何度か、身分の高さを笠に着た男子生徒や豪商の息子、貴族の子弟などから、ちょっかいを出されてきた。

 しかし大丈夫。

 学内ではマクシミリアンという精霊の剣を持った護衛がいるし、それにいつでもアイリスの近くにはクリスティーナ・アイーダがいる。

 たいていの貴族子弟などはアイーダが低い声に『呪』を乗せて発するだけで、肝を冷やして縮み上がってしまう。

 アイーダの得意とする『声』の魔法なのだ。


 それに、アイリスをよく診れば、彼女の周囲には、風、火、水、光の、四種の守護精霊がいて彼女を守護し、更に、婚約を交わした誓約の呪いが、かけられていることに気づく者もいるはずだ。

 誓約の呪いは、アイリスの指輪にかかっている。


「きれいだね、その指輪。魔力があふれ出しそうだ」

 マクシミリアンが、アイリスの左手の薬指を見やった。


「ありがとう。アウルが誕生日に贈ってくれたの。今年は水精石アクアラなの」


 アイリスが魔力を放つときには瞳の色が普段の緑色から淡い青に変わる。そのときの、瞳の色と同じ、水精石がはめ込まれた銀色の指輪。

 愛おしそうに、アイリスは指輪に唇で軽く触れる。


 それを合図にしたかのように、足下に銀色の魔法陣が浮かび上がり。

 銀の光はマクシミリアンとアイリスを包み込んでいく。


 転移陣の繋がる先は、カルナック師の研究室、という名目の、休憩室である。

 


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スピンオフ連載してます。もしよかったら見てみてくださいね
カルナックの幼い頃と、セラニス・アレム・ダルの話。
黒の魔法使いカルナック

「黒の魔法使いカルナック」(連載中)の、その後のお話です。
リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険(連載中)
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