閑話 (四年後) ある日の魔導師養成学部(1)(修正)
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ある日の魔導師養成学部。
エルレーン公国立学院は、広く門戸を開いた学院である。
希望する者は、いかなる国籍でも、身分でも、入学試験を受けて合格すれば入ることのできる点においては、大陸でただ一校の、公立学院。
学内には、エルレーン公国以外の国から来た学生達も多く滞在しており、彼らは全員、学舎に隣接した、学生寮に住む。
学費、食費、入寮費も全て無料である。
エルレーン公国では、魔法の才能さえあれば身を立てることができると、国内外で評判を呼び、更に優秀な人材を集めることが可能になった。
学内では身分も財産も関係ない。
全員に平等に与えられた機会を生かし、魔法という一つの技を極めるために、学問に、修行に、日々邁進している。
誇るべきは我が校の自由な校風である。
「……何これ。学生勧誘の学院案内? だっさーい。宣伝になってないわね。魅力を感じないわあ」
学内で配られた図解入りのパンフレットを食堂のテーブルに投げ出したのは、黒髪に黒い瞳、健康的に日焼けしたリネン色の肌をした美少女、クリスティーナ。
同じテーブルを囲んでいるのは、大きな藍色の目を生き生きと輝かせた少女、ナタリー・ポルト。柔らかい茶色の巻き毛には藍色のリボンを結んでいる。
それに、陽光にキラキラと輝く黄金の髪に、抜けるように透き通った白い肌、エスメラルドのような明るい緑の瞳をした少女、アイリスだ。
三人とも、制服の胸元を飾るロゼットの色は明るい青色。
これは公立学院の二年生であることを表している。
入学できる年齢は九歳からなので、年齢に多少の差はあるかもしれないが、彼女たちの年齢は十歳から十一歳くらいであることがわかる。
彼女たちは、寮の同じ部屋を共有している、いわばルームメイト。
親元から離れて学院の寮に入っているのだ。
「ちょっと、クリスティ。口は慎みなさいよ。この案内、学長のお気に入りの側近が書いたらしいわよ」
クリスティーナの辛辣な物言いを諫めたナタリーは、アイリスが微妙な表情をしていることに気づいた。
「アイリス、どうしたの?」
「だって……」
幼さをうかがわせるアイリスの、色の白い頬に、ほのかに赤みが差している。
「この学院案内の原稿を書いたのは、アウルなの」
「え? アイリスの許婚の?」
ナタリーは驚いたように、くりくりと大きな目をしばたいた。
「そうなの」
アイリスはすっかり困り切っていた。
「そういえば、アウルは真面目すぎるんだって、エルが言ってたわ」
クリスティことクリスティーナ・アイーダ・アンティグアが呟く。
「ううん。やっぱり二人ともなみなみならない魔力の持ち主だものねえ。生まれたときから『覚者』さまが許婚になるのも当然よね」
ナタリーはため息をつく。
「あたしの魔力は普通よりちょっと多いくらいだから、魔力の多い彼氏を捕まえなくちゃいけないの。親からも言われてるのよ。学院にいる間が、出会いのチャンスなの!」
「へええ」
クリスティーナの黒い瞳が、艶やかに光る。
「で、誰か、お目当てがいるの?」
「えっ……そ、そうね、気になる人はいるけど……」
ナタリーは言葉を濁した。
「彼には、もう決まった相手がいるかもしれないの」
「どんな人? もしかして、あたし達も知ってる?」
クリスティーナとアイリスが、ナタリーに向き直り、こころもち身を乗り出す。
そのときだった。
「教室で聞いたらここだっていうから。アイリス嬢! カルナックが待ってる」
食堂の入り口から入ってきた少年がいた。
胸に付けているロゼットは、三年生の、黄色。
彼は十二歳である。
癖の強い短い赤毛で、童顔。
しかしながら目に宿る淡い青の光は、強い魔力を持っていることを口にするまでもなく雄弁にあらわしている。
剣を奮う鍛錬を積んできたために精悍な引き締まった身体つきをしているのが、服の上からでもわかる。
「あ、マクシミリアン君。もうそんな時間?」
アイリスが、すっと席を立つ。
「ごめんね、カルナック様に体調を診ていただく時間みたい。じゃあ、二人とも、また後でね」
「後で、クリスティーナ、ナタリー」
身を翻し、アイリスの右側にぴたりと寄り添って歩く。
「はぁ。すてき、マクシミリアン様」
「ナタリーは彼がいいの?」
きょとんとして尋ねるクリスティーナ。
「あんなに強くて無垢な魔力を持っている人は、他にいないわ。あたしだけじゃなくて、学院の女子たちも、狙ってる子は多いんだから」
「へえ」
「クリスティはエルナトさんっていう素敵で美形の大人の許婚がいるから気にならないでしょうけど」
「……それはそれで悩みがあるけどね。で、うまく運びそうなの? 彼との仲は」
「ん~。それが、前途多難なのよねえ……」
ナタリーは、再び、盛大なため息をついた。
「ライバルがいるの。強力な。あたしなんかじゃ、とてもかなわないわ」
「ライバル? 浮いた噂もないマック君に、そんな彼女なんかいたっけ?」
「……彼女じゃ、ないんだってば」
ため息は深くなるしかないのだった。
4章の終わりから、四年後の話です。
このあたりの話を書けるのは、少し先になりそうなのですが、
急に、書きたくなりました。
まだまだ平和。学院生活エンジョイ中です。