第2章 その1 夜明け前
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あたしはいつも、朝はまだ暗いうちに目を覚ます。
館はひっそりと静まりかえっている。
真夜中に近いくらいの早朝。
ひんやり冷たい空気を吸い込む。
ああ、生きている。
そう実感する。
ベッドに半身を起こして、物音をたてないように降り立つ。
すぐそばのソファの上には、あたしの専属小間使いのローサが、前の晩に、翌日に着るものすべてを用意しておいてくれている。
あたしはまだ三歳だけど自分で着替えもできるのだ。
もっとも、家族が揃う朝食の前にはメイドたちも何人もやってきて着替えさせてくれるので、自分でやることなんて本当は、ほとんどないのだけど。
だからいつも、メイドたちに困ったような顔をさせてしまう。
「わたくしたちにもお世話をさせてくださいませ」
なんてメイド長に言われてしまったときは、少し悩んだ。
なすがままに任せていればその方が楽ではある。
でも、なんだか、時間がもったいない。
着替えを済ませたあたしは、窓辺に駆け寄る。
カーテンは開けておいてと頼んでおいたから、様子がよくわかる。
窓の外は、夜明け前の真の闇に包まれていた。
「アイリスおはよう」
「今朝も早いわね」
いつもあたしのそばにいる妖精のシルルとイルミナの柔らかな暖かい光があたしの両肩にふわふわ近づいてきて、話しかけてくる。目をやれば、光は背中に薄羽根を持った小さな可愛い少女の姿へと変わる。
「おはよう。時間がもったいないの。夜更かしはさせてもらえないから、星を見ることができるのは早朝、まだ誰も部屋に来ない間だけだもの」
答えると、妖精達は呆れたように、
「やれやれだわアイリス。時間がもったいないなんて幼児の言うことかしら」
「アイリスがこんなに話せるなんて誰も知らないのよね。もったいないな」
と、口々に言う。
「おとうさまやおかあさまのこと大好きだし、困らせたくないから普通の三歳児らしく振る舞うつもりよ。でも、あたしはシルルやイルミナと話せるからストレスもないし助かってるわ。いつも、ありがとう」
「水くさいこと言わないの」
「あたしたちはアイリスが気に入ってるんだから、ここにいるのよ」
「嬉しい。ありがとう」
なんて心地良いのだろう。
あたしは1人じゃない。
そのとき、外がうっすらと明るくなってきた。
「そろそろだわ」
あたしは窓辺に張り付いた。
窓の外が明るくなったのは、夜明けが近いからではない。
真夜中にしか見ることのない、光の河が、街中を漂い流れていくのだ。
よく見ればそれは一つ一つが人の頭ほどもある、青白い光球が、数限りなく集まって作り出している流れだとわかる。
「なんど見てもすごいわ。あれが、精霊火なのね。なんて美しいながめかしら」
あたしは見とれて、うっとりしてしまう。
「そうよ。精霊たちの魂の火よ」
「それにしてもアイリスはやっぱり変わっているわね。普通の人間は、あれを畏れるものなのよ。特に、このエルレーン公国の人間は、恐怖しているもの」
「だから真夜中から明け方にかけては誰も外へは出ないの。夜中に遊びに出る男達だって、宿から外へは出ないもんね」
「イルミナ!」
「あ、今のはなし。失言ね」
「だいじょうぶよ。男性達の欲望なら、わかっているわ。昔はよく観察してたもの。退屈だったから。男女の遊びも歪んだ快楽も見てきた。人間なんてそう変わらない……」
そこまで言って、ふと、あたしは首をかしげた。
「あれっ? それってなんだっけ? なんであたし、こんなこと言ったのかな?」
「アイリスって不思議な子ね」
「でも面白いわ。普通の人間の子についてても、こんなに楽しくないと思う。だから、わたしたちはアイリスのそばにいることにしたの」
「わたしたちが聞いてあげるから、なんでも自由に話して聞かせて、アイリス」
「あなたのことを」
「普段は緑の目なのに、わたしたちを『見る』ときは水精石色の瞳になることも含めて、あなたは刺激的な謎だらけ」
「いつかすべてを話してね」
「すべてって……あたしは、何も隠してないわよ?」
「じゃあ、まだ思い出してないんだわ」
「そのうちにね」
いつかきっと。あたし、なにもかも思い出すのかな?




