第4章 その54 恋する精霊族の少女ラト・ナ・ルア(修正)
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マクシミリアンも『先祖還り』なのかと、精霊族の少女、ラト・ナ・ルアは尋ねた。
それに応え、マクシミリアンは女神スゥエに出会ったときのことを説明する。
「おれにカルナック様が魔力核を削って分けてくださったから、おれも『先祖還り』を意識しなければならなくなったと、スゥエさまがおっしゃってた。でも前世の記憶は、夢や幻みたいで。いったい何を思い出したのか、よくわからないんです」
言えば言うほど、自分でもわけがわからなくなるマクシミリアン。
「そうなの。まったくスゥエにも困ったものだわ。人間に肩入れしすぎなのよ。みんな助けるなんて不可能なことを願って。……カルナックも同じことを言うけどね」
ラト・ナ・ルアは、マクシミリアンを睨む。
「いったい何歳なの、きみは」
「八歳です」
質問の意図が呑み込めず、ただ素直に答えるしかないマクシミリアンである。
「ふ~ん。まだ小さい人間のくせに。『先祖還り』だから、年齢よりも大人みたいなことを言うのね」
面白くなさそうに、ラト・ナ・ルアは眉根を寄せる。
「なんで今頃現れるの……もしかして、カルナックの前世の恋人だったりする?」
「え!?」
マクシミリアンの脳裏には、不思議な記憶がよみがえっているのだけれど。
彼には、それが何なのか、はっきりとわかってはいないのだった。
「それは、その」
なぜか、顔がまっ赤になっているのが自分でもわかる。
「ダメ! ダメよ、カルナックは、あたしのだから!」
ラト・ナ・ルアは、まだ意識のないカルナックに抱きついた。
「前世がなんだっていうの。この人のこと、あたしは何百年もずっと好きなの。そりゃあ、どんなに好きだって言っても本気にはしてくれないけど。今さら横から出てこないでよ!」
「え? え? あの、何を言ってるのかわからない……」
「あたしはカルナックが好きなの。だから、取らないで!」
「取らないでって言われても。おれはこの人の騎士で……あれ?」
「出会ったときは、今のきみより幼かったわ。カルナックは生まれた国で、義理の父親に、人間に殺されたの。壊れた身体は使えないと言われて捨てられていたのよ。あたしは、死んでしまったはずの身体の中に、いまだ知られていない強靱な魂が在るのを見た。ぞくぞくしたわ」
そしてセレナンたちは、壊れた幼い身体を、生き返らせた。
カルナックの内に蘇ったのは、前世の記憶を持つ魂だった。
前世で、魔法を行使していた、魔女であった記憶を。
「カルナックの肉体はひどく損傷していた。あたしたちは傷を治して、精霊の森へ連れて帰って、一緒に暮らしたの。だんだん育っていくのを見るのは楽しかったわ」
「あなたが育てた?」
「そうよ、あたしとレフィスとで。その頃は、とっても幼くて可愛かったのよ」
ラトは笑みをほころばせる。
「この世界に魔法という概念が生まれたのは、カルナックが学問として体系を造り上げたからなの。そして他の人にも魔法を教えられるのかを試してみた。最初の弟子はコマラパ。ものを教わるには少し老けていたけど、優秀だったみたい。そのときのカルナックは、生きがいがあるって嬉しそうで。そんなときだったわ。あたし、カルナックを見るたびに、ドキドキしていることに気がついたの」
銀色の髪の少女は、うっとりと、頬を染めて。
それはとても、美しい姿だった。
「ずっと育てて見守ってきたの。愛してる。誰にも、カルナックを傷つけさせないわ。だから彼に傷を負わせたセラニスには、すっごい報いをうけさせるべきね!」
「ラト……きみは、本気だったのか」
そのとき、カルナックはうっすらと目を開けて、ラト・ナ・ルアの銀色の髪に、手を触れる。するとラトは、嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん本気よ。ずっとそう言ってきたわ。ねえ、もう人間なんか放っておいて、あたしと一緒に来てよ」
「きみの好意は嬉しいよ。ただ私は、やっぱり、まだ人間なんだ。中身は、精霊火だけれどね」
「え~。がっかりだわ。でもね、いつでもいいの、気が変わったら言ってね。すぐに迎えに来るから」
長身で、美形の黒髪の青年、または美女とも見えるカルナックに、しなだれかかるように身をすり寄せる可憐な銀髪の少女。
恋人同士の逢瀬に見えなくもない。
それを見てドキドキしているマクシミリアンは、まったく所在なかった。
「今日は来てくれて助かったよ、ラト。しかし、そろそろ戻らないと。片付けることがあるし、セラニス・アレム・ダルのことも見届けなくては」
「わかったわ。じゃあ、贈り物をしてあげる」
ラト・ナ・ルアは、つい、と身体を乗り出し、カルナックの首に抱きつくと、唇を寄せていった。
「あなたの魔力核は、もともと、あたしたちが分けたものだから。核が減ったままでは、いざというとき困るわよ」
唇に、口づける。
「う」
カルナックは、苦しげに眉をしかめた。
「拒否しちゃだめ。受け入れて。人間として一度は死んでしまったあなたは、だんだん、セレナンと同じになっていくしか道はないのよ。あ、そうだ。あたしのキスがいやだったら、レフィスを呼んできてキスさせるけど?」
「ごめん、それは無理」
カルナックの顔色が、更に青くなった。
「じゃあ観念して、受け取って」
セレナンの民から、カルナックへの贈り物は。
彼が健やかに長生きできるようにとの配慮で、失った魔力核を補うものだった。
しばらくすると、再びカルナックの周囲を青白い精霊火が取り巻き、身体に溶け込んでいく。
「回復もしたみたいだし、残念だけど帰ればいいわ。儚い人間の作り出す、儚い世界へ」
ラトは高飛車に言ったつもりだったろう。
ただ、目には涙が溢れていた。
けれども、口では。
「マクシミリアンって言ったっけ。きみ、しっかりこの人を護りなさいよね! ちゃんとできなかったら、許さないんだから!」
いっそ高慢に、言い放ったのだった。