第4章 その47 禍津日神(まがつひのかみ)(修正)
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あたしに前世の記憶をよみがえらせてくれたセレナンの女神スゥエさまが、前に教えてくれたことがある。
こう、おっしゃってた。
『セレナンは、エルレーン公国があるエナンデリア大陸を含む、さらに大きな世界の名前です。これが世界の超自我です』
『そして人が精霊族、あるいはセレナン族と呼ぶ生物がいます。彼らはセレナン本体に深く繋がっています。いわば世界の目と耳、鼻のような感覚器官ですね。彼らは銀色の髪、水精石色の目をしています』
つまり。この世界の名前は、セレナン。たぶんこの惑星の名前。
そして、世界と同じ名前を持つ、精霊族がいる。
伝説の精霊そのもの。
青みを帯びた長い銀色の髪と、白い肌。淡い水精石色の瞳が特徴だ。
セレナン族は世界と深くリンクしていて、人間を観察しているのだという。この世界に住む資格がある存在であるのかを。
今の時点で彼らは人間の味方でも敵でもない。
あたしたち人間は真実を何も知らない。
この世の最高神である、真月の女神イル・リリヤさま。
第二位の神は、イル・リリヤさまの息子『青白く若き太陽神アズナワク』
そして第三位の神は、天空にあるけれども誰も名前を口にしない、忌名の神。
皆は、恐れている。
恐れているから、三番目に偉い神さまってことにしたんだ。
エステリオ叔父さまも言ってた。
それは災厄の神、日本で言う『禍津日神』なのではと。
神々の順位の中に名を連ねていない、重要な天体が、ある。
夜空に白く輝く真月の女神イル・リリヤ様の子だと言う、もう一つの、小さな、昏く赤い月。
人は、それを『魔眼』と。あるいは『魔天』と呼ぶ。
名を口にするだけでも災いが起こると恐れられているから、誰も滅多なことでは、その名前を呼ばない。
四番目の神さまは、天空。ストック。
五番目の神さまは、星々。エストレーリャ。
六番目の神さまは、大海。オロ。
七番目の神さまは、この大地。つまりセレナンのこと。
そして八番目より後は、たくさんの神さまたちが、ひしめき合っているという感じ。
真月の女神と太陽を頂点にした、多神教という感じ。
この世界の宗教は、どうなっているの?
何かを隠しているように思える。
でも、それは、なんなんだろう!?
※
時間のゆとりは全くなかったのに、あたしは、思わず、以前、女神さまから聞いた、世界や神々について考えてしまっていた。
目の前の、あまりにも非現実的な光景から、逃避していたのかもしれない。
ほんの少し前まで、賑やかに晩餐会が行われていた大広間なのに。
信じられないほどの惨状だ。
いろんな料理を大盛りにのせていたテーブルは、ひっくり返って砕けて壊れて。
床材も土台の石積みもすべて突然起こった爆発で吹き飛んで、むきだしになった地面に、なんであんなものが、あるのだろう。
心臓のように脈動する、深紅の、巨大な円形の印。
それは、鮮血の色をしていた。
「……さあて、と」
周囲に動く者がヒューゴーお爺さましかいなくなった頃。
セラニス・アレム・ダルは、おもむろに振り返って。
にまぁ、と笑った。
お父さまとお母さまは、あたしをしっかりと腕に抱いた。二人とも無言だ。
何が起こっているのか皆目わからないまま。
エステリオ・アウルの身体を乗っ取ったセラニスが。
楽しそうに、やってくる。
「おいでよ、月宮有栖。アイリス・ティス・ラゼル。きみは、ぼくの婚約者だったよね?」
「だめですっ!」
お母さまが、あたしを強く抱いたまま、離さない。
「違う! あなたの中にある『力』は、この子の許婚、エステリオ・アウルの魔力じゃない。あなたは誰なの。エステリオの顔をして、でも髪の色も目の色も、魔力も、何もかもが別人だわ。あなたに、わたしたちの大切な娘に触れさせない!」
「面白いこと言うね。この状況を見て、それでも抗う? 儚い身の、人間が。……命令だ。アイリスを渡せ。別に、力ずくでも構わないけどね」
冷酷に、にやりと笑った。
たちまち、空気を切り裂く竜巻が起こって、あたしは空中に巻き上げられた。
守護精霊たちの姿が見えない。
どうなったの?
お父さまと、お母さま。
ティーレとエルナトさんが、吹っ飛ぶのが見えた。
空中で失速して、激しく床にたたき落とされて。
「お母さま! お父さま!」
必死で手をのばした、あたしは。
空中で、捕まえられた。
子供のような顔で笑う、アウルの姿をしたセラニス・アレム・ダルの腕に。
「離して! アウルは、どこなの!」
「だめだよ、捕まえた! 有栖。アイリス。きみはもうぼくのもの」
晴れやかな笑い声をあげる、セラニス。
「だってこの身体は本来、ぼくのために用意されていた空っぽの器だったんだから。エステリオ・アウルが四歳になったときに、念入りに魂を壊してもらってね!」