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第1章 その6 ラト・ナ・ルア(A little girl in the dark)



 気がつくと、何も無い真っ白な空間にいた。

 これは、あれだ。

 転生の時に見た。

 また来ちゃったの?


 少し離れたところに、銀色の髪の少女がいた。

 女神さまだ!


 あたしは文句を言いたくて女神さまの前に向かう。

「おひさしぶりです。会えて嬉しいです」

 とにかくご挨拶だ。それから。

「でも、転生しても、これじゃ楽しくありません!」


 女神さまが、くすっと笑った。


「転生前の夢ばかり見るということ? それなら問題ないわ。生まれ変わったあとの人生経験が増えれば、過去の記憶も薄れていくから」

「そういうもの?」

「そうそう」

 女神さまが請け合う。


「えっと? 女神さまって、こんな軽い感じでしたっけ?」

 あたしはあらためて女神さまを見た。

 青みを帯びた長い銀色の髪、水精石のような淡い青の目。覚えているとおり……って、あれ? よく見ると違う? スゥエは十歳くらいの女の子だった。

 この少女は、年の頃なら十二、三歳ほどだろう。色合いとか顔はそっくりなんだけど。それにもう少しなんていうか、人間っぽいような?


「ふふん。わかっちゃったか」

 初めて見る少女は、得意げに軽く胸をそらす。


「わかりますよ! 年齢が違うじゃないですか!」

「ああもう、こまかいわねえ」

 不機嫌そうに少女は頭を振り、銀色の長い髪を揺らした。そうするとあたりにキラキラとした光の粒が散った。


「いやいや。どういうことですか。あなたも、女神さまなんですか」

「女神さまかぁ。そうかもね」

「そうかもって……」


「あたしは、ラト・ナ・ルア・オムノ・エンバー。セレナンの言葉で、辺境の地に生じた最後の子供ラトという意味よ」


「セレナン? スゥエさまもそう言ってましたね」


「あの子のいう意味とは少し違うわ。あたしは、セレナン族とでもいうか。精霊族と思って貰ってもいいわ。この地上に生きて活動している種族よ。この世界そのものと深く繋がっている……リンク? っていうの? まあそうなのよ」


 ラト? この子、ちょっとおおざっぱだなあ。

 スゥエ女神さまとそっくり。けれどこの子には「あたし」という一人称、ざっくばらんな物言いが似合う。


「今回も、ほんとはスゥエがコンタクトするはずだったんだけど、あたしが代わって貰ったの。あんたに興味があったから」

「興味?」

「そうそう。あんたは人間じゃない。ある意味では人間ではあるけれど。そんな存在に、この世界に新たな可能性をもたらして欲しいの」


「人間じゃ、ない?」

 どきっとする。何かを思い出しそうになる。胸が苦しい。身体が熱くなる。


「ん? あ、スゥエは言わなかった? ああ、じゃあそれは忘れて。たいしたことじゃないから。それより、あたしは、あんたに、この世界を変える要素としての働きを期待しているわ」


「スミマセンどういうことですか」

 ごめんなさい理解できません。


「厳密に言うと、あたしはまだ、この時間軸ではあんたと出会っていない。いい? あたしは、今のあんたにとって五十年後? くらいに死んでるの」


「え? えええ!?」


 だって女神さまと同じ存在で?

 いやいや五十年後ってなに!?


「ここでは過去も未来もたいした違いはないの。スゥエはセレナンという世界の根源に近いから、女神さまというのもあながち外れてはいないかな。あたしはより生物に近い存在。生み出されるときはセレナンに作られるし年もとらないようなものだけど、傷つくし死ぬこともある」

「死ぬ!?」

「ええ。……あたしは殺されたのよ人間に。地球から来たホモサピエンスにね」


 ふいにラトの雰囲気が変わった。

 これは怒り?

 悲しみ? 諦め? 苦しみ?


 確かにラトはスゥエとは違う。


 スゥエは、すべてを赦し受け入れ見守っていた、純粋な女神のようだった。

 ラトは、まるで人生の苦しみに悲しみに怒りに晒されたもののように見える。

 あたしはそんな人間を知っていた。破滅に向かう昏い情熱。自分も、その憎しみの対象も、うち滅ぼすまでは決して癒やされることのない苦しみ。

 ……かつて知っていたのだ。それは遠い昔のことのような気がするけど、今となっては、よく思い出せない。


「あんたに頼みがあって、会いたかったの」

 ラトは苦しそうに、言葉を絞り出す。


「あたしが殺されたことで苦しんで後悔し続けてる人がいる。あたしの死に縛られて取り憑かれたように。防ぎたいの。お願い、イリス! あたしを、殺させないで! かわりにあんたに力をあげるから」


 とても強い感情が伝わってくる。

 助けたい。

 あたしも、ラトを助けてあげたい。できることなら。

「うん、わかった! 五十年後にあなたが殺されるのを防ぐのね? あたしにできるなら、やるわ!」


「……ありがとう。イリス、あんたなら、きっとそう言ってくれると思ってた」

 ラトは、少し笑った。

「イリス……ううん、アイリス。強い力をあげる。セレナンの世界の根源にリンクを繋いでおくからね! 魔法も、すっごいの使えるようにしちゃうから!」


「う、うれしいですけど。それ、いいの? チートとかいうんじゃ……」


「あたしを助けてくれるお礼。ほんの気持ちよ。目が覚めたらあたしと会ったことは忘れちゃうだろうけど。うふふ。嬉しい。……嬉しいのよ」


 微笑む、ラトの顔からは、あの破滅的な昏さが消えていた。

 あたしは、少しほっとした。


 スゥエさま。優しい女神さま。あたし、この人生で目的ができた。

 よし!

 がんばらなきゃいけないみたい!


「うふふ。未来の大魔法使いね。ありがとう、アイリス」



 そしてあたしは、目を覚ました。

 えっと、あたし、どうしたんだろう。

 なんか、長い夢をみてた?

 あまりおもいだせないの。


 おなかがすいた。

 おしっこがしたい。


 そのたびに、新生児であるあたしは盛大に泣いて訴える。


 すると誰かがすぐにやってきて、抱き上げたり、授乳させてくれたり、おむつを換えてくれたり、世話をしてくれる。


 授乳してくれるのは「乳母や」

 お世話をしてくれるのは「小間使い」

 あたしを可愛がってくれる「お母さま」「お父さま」「おじさん」

 そのほかにも、たくさんの人間が出入りする。

 あたしのおでこを見ては、大騒ぎするひともいる。


「こっ、これは! 精霊の祝福と、妖精の『お気に入り』のしるし! 1人の人間に与えられる分を越えておりまする!」


 ……だれこのおじいさん。ちょっとうざい。


 後で知ったが、誕生から一ヶ月以内に、この国では幼児のうちに魔力とかを測ることのできるまじない師に、将来を占ってもらう習慣があるのだそうだ。

 すごい人材だから自分の手許に置いて弟子にしたいと、大まじない師である、このご老人は強く言ったとか。

 後で小間使いが、子供部屋で他の使用人と噂していた。

 このエルレーン公国では特に、魔法使いやまじない師の地位は高い。

 もしこの家の旦那様、つまりあたしのお父さまが大商人で、うちがお金持ちでなかったら、こんなに熱意を込めて申し出られると、子供を手放してしまう親もいるんだって。


 お金持ちで良かったわ。






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