大助
「大助…」。
水がガラスからすうっと溢れ出るように、テーブルスタンドのライトに微かな艶を湛える唇の間からすうっと、静かな空気を滑っていった。蝶が空を舞うような振動が空気を伝って鼓膜に着いて、それは自分の唇から漏らした言葉だと理解したまで数秒を要した。恐る恐る自分の横で小さな寝息を立てている人の横顔をちらっと覗いた。毛布から顕れた裸の胸が規律正しく上下を続けている。筋の通る鼻からの寝息がリズムを狂わす気配もない。聞かれなかったな…と心の中で小さな安堵の息をついた。手を伸ばして彼を抱きつくように体を捻る。毛布の下で二人の体が密着してまだ火照っている体の温もりが伝わってきた。つい先のことが頭の中でよみがえってきて急に恥ずかしくなった。心地良い疲れと甘美な痛みがまだ体の中に感じれる。やや赤面した顔を彼の胸に埋め、絹のようなスムーズな肌に深くキスした。軽快な短音が静まり返った夜で弾んで意外に大きく聞こえた。頭に手を載せられたのを感じて上目遣いで彼の顔を見たら、長い睫毛の下にライトの光を仄かに反射する瞳がそこにあった。怠さを帯びるオレンジ色の光が彼の顔に深い陰影を投げて彼の輪郭が薄暗い室内に浮かび上がっている。彼は笑みを浮かべたまま何も言わずにじっと自分を注視している。「あ…」何を笑っているのかと聞こうとするが、声が言葉にならぬまま口から先走ってしまった。瞳に浮かぶ光が一瞬さらに輝いたように見える。目を逸らして顔を再び深く彼の胸に埋める。髪にキスが一つ優しく落とされた。しばらくしてから、小さな寝息がまた聞こえてきた。彼の温もりを感じながら、意識がだんだんと朦朧となっていく。眠気に身を委ねて軽く瞼を閉じる。
「大助…」。
今度は口に出さずに心の中で呟いた。