警察官になります!
「うそッ……自転車が無い!」
就活の為にTOEICを取ろうと、泥縄的に駅前の英会話スクールに通い出した美奈は路駐した電動自転車が無くなっているのに気づいた。
「どこか違う所にとめたのかな?」
夜の8時の駅前に美奈の自転車は何処にも見当たらないし、遅刻ぎりぎりだったので確かに英会話スクールの前に路駐したのだ。
「鍵も掛けていたのに……」
居酒屋から出てきたチャラいお兄さん達が声を掛けてくるが、美奈は相手にするのもウザイ。
「駅前に交番があった筈だよね」
路駐していたので少し躊躇ったが、自転車が無いと駅まで離れているアパートからの足が困るのだ。
美奈は大きく深呼吸して、交番に入って行った。
「どうかされましたか?」
スッと立ち上がった警官は、背が高く顔はベビーフェイスなのに肩幅はがっしりとしていた。
制服のウエストが引き締まっていて、清潔感に溢れている。
美奈は一瞬見惚れてしまったが、我に帰って窮状を訴える。
「あのう、電動自転車が無くなってしまって」
大学生なのにいつも高校生、悪くすると中学生に間違えられる美奈は、困った顔をすると保護欲を刺激する。
「自転車の紛失届ですね、此方にお掛け下さい」
示された椅子に座ると、何時、何処で、どのような電動自転車が紛失したのか細かく質問される。
名前と年齢を告げると、おやっ? という視線が返され、警察官の制服の下の素顔が透けて見えた。
「出てくるでしょうか?」
アパートから駅まで歩くと20分近く掛かる。バスもあるけど、1時間に1本ぐらいしか走ってないのだ。
「電動自転車が盗難されるのは珍しいのですよ。
鍵は確かに掛けていたのですよね?」
美奈は力無く頷いた。
「自転車が無いと困るんです」
警察官は少し困った顔をして、ちょっと違法放置自転車の預かり所に何件か聞いてみますと言ってくれた。
「電動自転車なら保険は入っているのでは?」
美奈は自転車屋に勧められたのを思い出した。
「そういえば保険に加入したかも!」
万が一、自転車が出てこなくても、保障が有るかもとホッとする。
手続きの書類を盗み見て、三浦巡査かぁとニッコリと微笑む。
三浦巡査もニコッと微笑み、日に焼けた顔からこぼれる歯の白さにドキッとした。
あれこれと保険の手続きを説明してくれていたが、美奈はボオッとして話半分だ。
ふと、交番の机の下に張ってある警察官募集のポスターに目がいった。
相変わらず女子大生の就活戦線は厳しい。
『警察官も良いかもしれない……』
さっき声を掛けてきたチャラい男達とは違い、キリッと制服を着こなした目の前の三浦巡査にポッと一目惚れした美奈は無謀な挑戦を考える。
アパートまで歩いて帰ると、先ずは紛失届の写しをしげしげと眺めて、三浦邦彦巡査かぁとにまにま笑いながらPCを立ち上げる。
目当ては『警察官募集サイト』だ。
公務員も受ける予定だったが、武術とかに縁がなかった美奈は、警察官は候補に考えてもなかった。
「へぇ? 英語や中国語や韓国語なども加点対象なんだ……スポーツ経験って、高校の時のテニスでも良いのかな?
一応は全国大会に出場してるし……」
第二外国語は中国語だったし、母親が韓流ドラマに嵌まっていたので簡単な韓国語は話せる。
今更、武術で初段は無理だけど、簿記も就活の為に2級まで取っているし、自動車免許もペーパーだけど持っていると、るんるんでチェックしていた美奈は最後の最低身長と体重で固まった。
「女子155㎝、45㎏……ぎりぎりかも……」
大学の新学期の健康診断で、155㎝の時もあるけど、計り方によっては154.5㎝の時もあるのだ。
体重は馬鹿食いすれば大丈夫だとしても、身長は……
「髪の毛を盛ろう! 三浦巡査! 待ってて下さいね!」
鏡に向かって、見よう見真似の敬礼をしてみる。
自転車を盗難された事から美奈の目標は、急に違う方向へと進むことになった。
翌日、自転車の盗難保険の書類を持参して、駅前の交番を美奈は訪れた。
「あのう、三浦巡査さんは?」
生憎、交番にいたのは違う人だったが、親切に手続きの仕方を教えてくれる。
『警察官の制服だけど、着る人によって雰囲気は違うのね……』
角刈りのずっしりしたタイプも悪くは無いけど、美奈には少し威圧的に感じた。
自転車屋に紛失届の番号を持って行くと、その場で新しい電動自転車を貰えた。
『三浦巡査には会えなかったけど、新しい電動自転車が貰えて良かったわ』
それからも三浦巡査がいるかな? と駅前の交番を覗いてみたが、運悪く会えなかった。
ところがある日、美奈のアパートに紛失した自転車が見つかったとの葉書が舞い込んだ。
「ええっ~! この場合、どうしたら良いんだろう」
前に紛失届を出した時に、見つかった時は連絡をして下さいと言われていた。
「紛失届が出ているので、乗っていたら盗難自転車だと誤解されるかもしれません。
自転車が見つかったら、紛失届を取り消して下さい」
三浦巡査にポッと一目惚れしていたが、説明はある程度は頭に残っている。
美奈は見つかった自転車を保管所に受け取りに行った。
さほど汚くなって居なかったのが美奈にとっては嬉しかった。
バイト代を貯めて買った電動自転車なので、ぼろぼろになっていたら嫌だ。
「この自転車の方が高機能なんだけど……
保険で新しい自転車を貰っているし、どうすれば良いのかな?
ともかく、紛失届を取り消しに行かなきゃ」
美奈は駅前の交番まで、出てきた前の電動自転車に乗って行く。
ちょこっと、誰が乗ったのかな? と嫌な気分になった。
「あのう、先日……」
わっ! 三浦巡査だぁ!
「ああ、自転車が見つかったのですか?
良かったですね」
やっぱり笑顔が素敵だと、美奈はドキッとする。
「見つかったのは嬉しいのですが、既に保険で新しい自転車を貰っているので……
どうすれば良いのか困っているのです」
はっきりいって前の電動自転車の方が高価なのだ。
新しい電動自転車は前の電動自転車の保障の範囲内で選んだ物なので、走行距離も短い。
「紛失届は取り消しておきます。
その電動自転車は自転車屋に返すことになりますね」
「やはり、そうなのですね。
こちらを乗るわけにはいかないのですか……」
何となくがっかりしたが、誰が乗ったのかも解らない自転車に乗るのも微妙なので、アドバイスに感謝する。
「あのう、三浦巡査……今度、警察官の採用試験を受けるつもりです。
警察官になりたいと思って」
華奢な女の子が警察官になりたいと言い出して、三浦巡査は少し驚いたが、ニッコリ笑って頑張って下さいと励ました。
「警察官を志望する人への研修とかもあります。
参加してみたら良いですよ」
美奈はPCでもチェック済みだったが、三浦巡査が親切に声を掛けてくれたので嬉しくて、はい! と大きな声で返事をした。
それから美奈は中国語検定や、韓国語検定を受けたり、毎日軽く走って体力強化にもはげんだ。
三浦巡査が勧めてくれた警察署で行われる研修にも参加して、無事に採用試験で合格した。
「ううう……警察学校で10ヶ月も研修!
三浦巡査と同じ部署とまでは望まないけど、此処では無理よね……」
自転車を路駐して盗まれた女子大生のことなんか忘れているよねぇと、ぼやきながら制服に着替える。
「いやぁ~! スカート丈、長過ぎだよ」
最低身長ぎりぎりの美奈には、Sサイズのスカートも長くて、くるくると巻き込む。
「それは短すぎるよ」
制服の裾をくるくる巻いたら、ミニスカポリスだとルームメイトと笑ったが、入学式には拙いだろうと規則の丈まで戻す。
美奈の頭の中では、制服姿の自分が三浦巡査にお疲れ様ですと敬礼したり、お茶を出したりと、入学式の会場に整列して入りながらも妄想が止まらない。
『えええっ~! 何で三浦巡査が!』
美奈は居並ぶ教官の中に、三浦巡査長を見つけて、お偉い方々の祝辞など上の空だった。
長い祝辞が終わり、各教官の紹介が始まった。
ピシッと紹介されて敬礼する姿に、胸がキュンとした美奈だ。
『やっぱり素敵だわぁ!』
チラッと見た視線が三浦巡査長と絡み合った。
真面目な顔の表情なのに、目だけが笑ってる。
『まさか、私が警察学校に入学すると知って……』
桜の散る春に、美奈の恋は一歩前進した。