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第一章 ~四季富士家の大黒柱~

ぜんっぜん話が進まないです(笑)


 明日、僕の姉、四季富士輪鯉が沖縄から帰ってくる。本来ならば今日帰ってくる予定だったが、現地での仕事中に何らかのトラブルに巻き込まれたらしい。


 早朝、姉貴のマネージャーから東京へ帰るのが一日遅れるという報告の電話を受け取った僕は、親父には一先ずその事実を隠すことにした。隠さなければならなかった。

 

 昨日から徹夜で準備を進めている親父が休憩の為、一眠りでもしたところをガムテープでぐるぐる巻きにし、身動きを取れなくしたところでその事を報告するつもりだった。



 姉貴が今日帰ってくると思っている親父は、玄関を飾り付けていた。

 「り」「ん」「り」「ち」「ゃ」「ん」「お」「か」「え」「り」と手書きの画用紙に、一枚一枚、小さな穴を開け、そこにピンク色の紙テープを通して片方をドアノブに結び、もう片方は天井近くに貼り付け、扉が開くと同時にクラッカーが鳴り、「りんりちゃんおかえり」という用紙が目の前に垂らされる、という仕掛けを施していた。

 僕は、元自衛隊の人間である親父をガムテープでぐるぐる巻きにし、身動きをとれなくする必要があると思った。



 朝、姉貴が今日帰ってくると思っている親父は、姉貴の活動している二人組アイドルユニット【冬の富士】のデビュー曲を鼻歌で歌いながら、ケーキとクッキーを焼いていた。

 僕は、数々の奇行により自衛隊を除隊させられ、以来20年以上外国で傭兵として活動していた親父を、ガムテープでぐーるぐる巻きにし、身動きをとれなくする必要があると思った。



 昼、姉貴が今日帰ってくると思っている親父は、「お帰りんたんパーティ」と称した、僕と姉貴と親父の四季富士家だけで行われるパーティのしおりを、一文字、一文字、声に出して書きながら作っていた。

 僕は、顔や体に数百か所に及ぶ刺し傷、切り傷、銃痕を持つ、定年を迎えた親父を、ガムテープでぐーるぐるぐる巻きにし、身動きをとれなくする必要があると思った。



 夕方、姉貴がもうすぐ帰ってくると思っている親父は、アフリカに参戦した際、とある少数民族から教わったらしい「なんらかの効果」が期待される黒魔術の儀式を行っていた。

 僕は、東南アジアの紛争に出向き、戦闘中5発の銃弾を被弾しながら、敵のゲリラ部隊をたった一人で一掃し、敵、味方の両方の軍人達から「黄凶」または「黄色い装甲の重戦車」「リアルランボー」「東洋の死神」と呼ばれ、ちょっとした有名人である親父を、ガムテープでぐーるぐるぐるぐーる巻きにし、身動きをとれなくする必要があると思った。



 先程からは、姉貴がもうすぐ帰ってくると思っているからなのか、一人で腰を振りながら踊っている。

 僕は、「お父さんはな、握力が170㌔もあるんだぞ。どれぐらい凄いかというとだなぁ……人の喉を握力のみで引きちぎっちゃえるくらいなんだよ。お父さんはね、ナイフを持たなくても暗殺できるんだ。」と、自分が幼い頃によくこんな自慢をしていた親父を、ガムテープでぐーるぐるぐるぐーるぐる巻きにし、身動きをとれなくする必要があると思った。

 

 「居鯉いこい!お前は手伝わなくていいからな!なぜならりんたんからのありがとうはお父さんが独り占めするからだもーん!」


 慣れていない人が聴いたら萎縮してしまうような野太く、厳つい声からは想像のつかない言葉を発する親父は、僕と目が合う度にそう言って、


 「りんりんり~んたん!りんりんた~ん!ぼくぅのだいすきぃ~なまっなむっすめぇ~!かっわうぃ~おめめ~ぷりんぷりんのおくち~ちいしゃなお顔ぉ~かぁわい~いなぁ~」


 自作の愛娘へ向けたラブソングを踊りながら歌い、娘の帰りを待っている親父を、僕は今日も冷ややかな目で見る。


 「そういや、お前今日も学校に行かなかったな。今日は平日だろ?明日は行けよ?」


 口調がガラリと変わる。親父は、娘以外の人間には接する態度から違う。


 「……いかないよ。」


 「いじめられてるって訳でもないだろ?行けよ。」


 「……面倒だから行きたくないんだよ。」


 「面倒だと? もう高校3年生だろお前。進路とか考えておけよ。お父さんみたいな殺人マシーンにはなっちゃダメだぞ、なんつって。」


 「その冗談マジで笑えないから。自分の父親が殺人マシーンっての俺のコンプレックスの一つだから。」


 沈黙。


 「……ゴメンて。マジごめんて。お父さんが悪かったって。」


 「いいよ別に。ていうか昨日から徹夜なんだろ?なにしてたの?」


 「お帰りんたんパーティのしおりは読んでないのか?さっき渡しただろ?ディナーの後はお父さん手作りスイーツを皆で食べながら、俺が撮影したりんたんのアイドルデビュー時のビデオ鑑賞会をするんだぞ。そのビデオ編集をしてたんだよ。」


 「……マジかよ。初めてのライブって、確か終わりの握手会で、親父がファンに殴りかかった時のじゃないっけ?」


 親父は、姉貴の握手会で並ぶ数少ないファンの列に「俺の娘に気安く触るな!」と叫びながらステージへ突っ込んでいった前科がある。姉貴のアイドルデビューに立ち会った数少ない貴重なファン、そのファンを親父は危うく一掃しようとしたのだ。


 「……そうなんだけどな。一応、その場面はカットしてるんだが……りんたん、あの日のこと、思い出すと思うか?」


 「思い出すね。間違いなく。なんでそのチョイスにしたんだよ。」


 「しょうがないだろ。あれ以来りんたんから全てのステージに出禁くらってるんだ。俺は家族みんなでりんたんのアイドルデビュー時の姿を観たかったんだよ!」


 「俺は別に観なくていいんだけどね。ていうか徹夜なら一眠りしといた方がいいんじゃない?」


 「なぜだ?」


 「せっかく姉貴が帰って来たのに眠気が襲ってきたらどうすんだよ。半分寝ぼけながら姉貴と接したいのかよ」


 「……居鯉。お前、良い奴だな。俺の体調を気にかけてくれるとは。俺と正々堂々、りんたんからのありがとう争奪戦をしたいんだな。」


 なに言ってんだアンタ。 などとはツッコまない。この程度の会話は日常茶飯事だ。


 「とりあえず早く寝れば?」


 「わかったよ。言っておくが、俺は一時間しか寝ないからな。りんたんの帰りを寝過ごすなんて事は断じてないぞ。目覚ましは四つセットするし、携帯の目覚ましアプリは計算を解かないとアラームが止まないやつだ。寝過ごすことはありえない。もしかして俺を眠らせてりんたん独り占め作戦かぁ?はっはっは!甘い甘い!戦場で武器を捨てて白旗上げれば助かると思ってる奴くらい甘いわ!」


 なに言ってんだアンタ。 などとはツッコまない。この程度の会話は日常茶飯事だ。


 「姉貴が乗ってるのは17時の便だろ。今飛行機に乗ったくらいだよ。すくなくとも二時間は寝れるよ。」


 「優しいじゃねえか。言っておくが、俺はやれる事は全部やったからな。少なくとも俺が寝てる間に何か用意するつもりだろ。まぁ精々頑張るんだな。りんたんが帰って来てからは容赦しないぞ。俺は全力で『パパァありがとうね!』を狙いにいく。覚悟しておけよ。」


 姉貴は親父のことをパパとは呼ばない。 なに言ってんだアンタ。などとはツッコまない。この程度の会話が日常茶飯事だ。


 「はいはい。何度も言ってるけど俺をライバル扱いすんのやめてくんない?俺は別に『居鯉ありがとう』なんて狙ってないから!あと何も作らねえし用意もしねえよ」


 「ふーんそうなんですかぁぁ。弟ってのはいいよねぇぇ。涎垂らしててもその涎りんたんは拭いてくれるんだからぁぁ!だってお姉ちゃんなんだからぁぁ。そうやって何もしなくてもお姉ちゃんだからーって何でも世話してくれるんだもんねぇぇ。いいよねぇぇ弟って奴はぁぁ!ありがとうって言う側だもんねぇぇ!」


 「なに言ってんだアンタ。」


 つい言ってしまった。しかしこれも日常茶飯事だ。


 「言っておくがな!お前そろそろお姉ちゃんからかまって貰えなくなるからな!?なぜかってもう高3だもんな!もう大人の男だからだよ!それに比べて俺はもう爺だよ!ボケたフリすりゃケツに付いたウンコだって拭いてくれるだろうし、『ママァ、ママァ』なんて言って膝枕だってしてもらえるようになるだろうぜ!」


 「マジでさっきからなに言ってんだアンタ。」


 「言っておくが……この親子戦争おやこげんか……勝つのは……俺だぁ!」


 上の階、下の階、隣の家まで響くであろう親父の「俺だぁ!」という声が僕の耳を殴った。


 「……うるせぇなぁ。……ていうかたった二日家を空けただけだろ!?ここまでする必要ある!?一昨日の朝はいたからね!?」


 あらためて父親の異常なまでの“娘愛”に嫌気が差す。たった二日。たった二日家を空けただけで、ここまでするのが僕の親父だ。


 「りんたんのいない夜が二日もあるって地獄だろ!俺は5年前決めたんだ。もう戦場ではなく、りんたんの為に生きるってな!二日もいない夜なんて……地獄だろぉ!ベトナム戦争後期の山林地帯か!カンボジアのジャングルか!」


 言えない。姉貴が明日帰ってくる事になったとは、やはり言えない。

 今、その事を親父に告げたら、親父が姉貴の許へ、沖縄へ飛行機に乗って行くだろう。いやその程度で済む訳がない。何をしでかすか想像ができない事が背筋を凍らせた。

 少なくとも沖縄へは迎えに行くだろう。ただでさえ四季富士家は親父の貯金と年金、母親の保険金で生活している状況であり、例え親父の金だとしても訳のわからない事で無駄な出費をさせる訳にはいかない。なぜならば、その貯金と年金、母親の保険金は僕が高校を卒業後しニート生活を続けて行く為にも必要であるからだ。あらためて、親父の奇行による無駄な出費は抑えなければならないと思った。


 「なぁ息子よぉ!地獄なんだよぉ!りんたんのいない夜はぁ!くそぉ待てない!ぬぅうううううう寂しいよぉ!ママァ!ママァ!なんで俺を置いて逝っちゃったのぉお!」


 やばい、親父が壊れてきた。俺は急いでリビングの隅に置かれた仏壇から、10年前に亡くなった母の遺影を持ってきた。


 「親父!ほら!母さんだぞ!母さんに情けない姿みせんなよ!」


 うずくまり、床を穴が空くほど叩いている親父の目の前に母の遺影を置いた。遺影の母と目を合わせた親父は床の穴から手を引き抜き、遺影に映った母とキスを交わした。


 「親父……もう寝ろって。そんな精神状態で姉貴と会ったら、心配かけちゃうだろ?」


 「……ぐす。うんわかった。もう寝る。でも、りんたんが帰って来たら、起こしてね。」


 母親を視認した事で幼くなった親父は、遺影を抱きかかえ、とぼとぼと寝室へ向かう。その後ろ姿は百戦錬磨の兵士とは思えないほど、情けない姿だった。



 “憔悴しきって眠った時がチャンス”


 僕はガムテープを取り出した。

 

 姉貴があと二時間後には帰ってくると思っている僕の親父。

 「生き物ならなんだって食べられる」と言ってカラスやネズミを素手または石礫いしつぶてで仕留めて食べさせようとした僕の親父。

 昆虫が好物だと公言する僕の親父。

 年に一度、なぜかブラジルのグレイシー一族から手紙が送られてくる僕の親父。

 年に一度、なぜかエミリヤー・エンコ・ヒョードルとアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・カレリン、そして、ロシアのプーチン大統領から手紙が送られてくる僕の親父。

 数年前のイラク戦争当時、アラビア文字の手紙を新宿で知らない中東系の男から受け取り、その数日後、なぜか日本政府からその手紙を押収され、事情聴取を日本とアメリカ政府から受けた僕の親父。


 そんな親父を、僕はこれからガムテープのみで、もちろんぐーるぐるぐるぐーるぐる、ぐぐーるぐるぐるぐぐーるぐる巻きにし、身動きを封じるつもりなのである。

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