プロローグⅢ ~Reaction or Die~
輪鯉の体に戦慄が走った。
“もしかしてこれってドッキリじゃないかしら。
何が“選ばれました”だの“人類の進化”よ!訳がわからないわ!
完全にドッキリじゃないの!でも……いつからかしら。
ヤバいわね。全然アイドルとして可愛いリアクション取れてない。
テレビの企画じゃないの?これ。
……は!まさか、さっきのスタッフや竹市さん達は聞こえないフリしてたのかしら。
コレは……私、試されてるに違いないわ。
それにしても大がかりなセットね、大道具さんお疲れ様です。
お金凄いかかってそう。
は!……テレビっていっても……まさかゴールデン?ゴールデン番組じゃないのこれ?
でないとこんなに大がかりな演出もできるはずない。
やばい。リアクションとらなきゃ…。私さっきからなんのリアクションもとってない。
でも私リアクションとか人生でとったことないし、どうしよう。
……四の五の悩んでいる暇はないわ!とにかくリアクションは大きく!よね!”
先程までの無表情や無関心な態度は無かったことのように輪鯉は大袈裟に手を挙げ、
「えーなにこれーこわーい。」
我ながら本当にアイドル、というか可愛い女ではないなと思った。
いつもライブや握手会では可愛く振る舞っているつもりなのだが
可愛く振る舞っている時の自分は、スタッフやファンに「ロボットみたい」と言われてしまう。
“はっきり言ってそんなに怖くもないし、驚きしなかったけど
これはゴールデン番組のハズよね。
7時から10時の放送時間帯よね。
これで一気に知名度を得なきゃ。一大ビッグチャンス。頑張らなきゃ。”
「どうしようかしらー。入りーたーくーなーい~!」
先程から繰り返されながら流れている機械音声は
気のせいか、徐々に早口になっていっているような気がした。
だが今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
自分の言葉、一挙手一投足すべてがカメラに映っているのだ。
輪鯉はどこにカメラが仕掛けられていてもいいように
黒い球体の周囲を大袈裟に驚いたふりをしながら
たまに折れた枝に足を引っ掛けて転ぶドジっ子キャラを演じてみながら
時間をかけて徐々に球体から出てきた階段へと近づいて行った。そして遂に階段に右足をかけた。
「ふぇぇ。オモッタヨリ低イー。なんでこんなに低い階段なのぉ~。」
あえておバカな発言をしてみる。
そして左足でもう一段登る。
球体の入口を凝視してみる。
入口に入った瞬間に「ドッキリ」のボードが出されるのか
それとも球体の内部でも何かしらの仕掛けが施されているのか。
ドッキリのボードが出されたらそこでドッキリは終了する。
“ネタバラシの時間なんて短いに決まってる。アピールする時間も少ないわよね。
ドッキリに仕掛けられている状態で
どれだけ良いリアクションができるかどうか
それが大事なハズ!!”
予想に過ぎないが、ゴールデン番組だというプレッシャーと
苦手なリアクションをとらなければならないということで
輪鯉は体全体に大量の汗をかいていた。
“入り口でドッキリボードが出されるとしたら
今までの私のリアクションは使い物になるの?
私はこのままこんなリアクションを続けてていいの?
ドッキリ大成功ボードが出されたとしたらどんなコメントを言えばいいの?
考えておかなくてはならない事が…多すぎる!”
階段を一段ずつ、球体に怖がるふりをしながら登っていく。
一段上がる度に、また一つの不安が頭を重くした。
球体の入り口からは異臭が放たれており
中からは何かが作動しているかのような機械音が聴こえる。
「え?…え?え、なに?なんか臭いぃ。それになんか中から変な音が聴こえるぅ。」
“……ダメ!
こんな当たり前のコメント、ゴールデン番組では絶対に使われない!
全部カットされてしまうわ!
どうしよう。やりなおそうかしら。
でもこれが(恐らく)東京のスタジオと生中継だとしたらやり直しはきかない。
でも録画なら……後で編集の人に頼めばどうにかなる。
どっちなの、これはスタジオ生中継?それとも録画?……は!
ダメ!考えることに集中すると言葉がでなくなる。
とにかく目の前に集中ね!”
階段をもう一段あがる。あと二つ上がれば入口から中へ入る事ができる。
“あと、二段、つまり足をいち、に、さん度上げて中へ進めば
ドッキリ大成功ボードつまりはジ・エンド。
……違う!まだ入り口に入った瞬間にドッキリボードがくると決まったわけじゃない!
冷静に考えなきゃ。
……そうよ、こんな大きな球体なんですもの。
中が空っぽだとは考えにくいわ。
はぅ!中でタレントさん達がニヤニヤしながら待っているパターンかもしれない!
……考えるのよ。少なくともまずはドッキリ大成功後のコメ―”
思考に集中し足元を意識するのを忘れた輪鯉は
足を踏み外してしまい、階段から落ちた。
低い位置から落ちた事と、柔らかい地面により輪鯉の体は幸いにも傷一つついていなかった。
輪鯉は寝ころびながら球体を見上げ、うっすらと笑みを浮かべた。
“チャンス!チャンスが巡ってきた。
ありがとう神様。ジ・エンド(ドッキリ大成功)までの
カウントダウンを自然と振り出しに戻せた!
ありがとう踏み外した私の足!私の足!ありがとう!”
球体からは先程よりも、大きな音量で
『ノッテ!!ノッテ!!サァノッテ!!ハ!ヤ!ク!
ノッテノッテサァノッテツギニススメナイカラノッテノッテハヤクノッテ』
と繰り返し流れている。
先程とは違う言葉になっている気もしたが、すぐに意識から外した。
“スタジオの皆さんもしくは、球体で待ち構えている皆さんごめんなさいね。
私はまだデビューして一年目の売れない新人アイドル。
そんな子がゴールデンのドッキリターゲットに選ばれたんだもの。
そう簡単には終わらせるわけにはいかないんです!
……まずは体勢を立て直さなくちゃ。
このKAIDANをどう攻略するかが
これから先、私の芸能人生を左右するはず!!”
「ぎゃあー。あたまいったあーい!」
大袈裟だと自分では思えるリアクションをとった時だった。
ポケットから落ちたのだろう、目の前に自分のスマートフォンがあった。
輪鯉は閃きと同時にスマホのスリープ状態を解除して画面を見た。
“……圏外!つまりここに電波は流れていない。そこから導き出される結論は……スタジオ生中継ではない!この状況は編集によって後でどうにでもなるVTRの録画として撮影されている!”
輪鯉はすぐさま球体から距離をとった。
“編集さん、さっきまでの私は……カットでお願いします!!
……ここからが本番!
あ、これは声に出した方がいいかしら”
「すいませーん。今までの私は、カットしてくださーい。
ご面倒かけて大変申し訳ございません。
どうか、これからやり直す私を、スタジオでは流してください。」
輪鯉は、どこにいるかわからないスタッフへ向けて
四方八方へ、黒い球体へ向けて頭を下げた。
自分の足跡を辿り、自分が球体に枝を投げつけた場所を捕捉した。
そこへ走っていき、一息、間を置いた。
“居鯉、お父さん、白金おじさん、そして相方の冬華、ありがとう。
アナタの普段の素振り、参考にさせてもらうから……待っててね。
このドッキリを、面白いVTRにして
私達【冬の富士】の名前を
一気に全国に知らしめてあげるから!”
輪鯉は頭に猫耳をつくるようにして座り込み、声を振り絞って
「ふにゃぁぁぁ!にゃあにぃあれぇ!?こわぁぃ!」
“このリアクションでどうかしら!なんだかイケる気がしてきたわ!”
輪鯉は体勢を変え、体の曲線を強調した座り方をした。
「ふぇぇ。近づいてみよぉかなぁ。」
“画面越しに私を見てる人達、ここからサービスタイムよ!”
次に輪鯉は上目遣いをしながら、四つ這いになり、ゆっくりと球体の方へ近づいて行く。
“いい!今の私絶対にイイ!
生意気な子供も、冴えないおじさんも気持ちの悪いオタクも
一気に虜にさせてファン大量獲得ね!”
階段の前まで来ると、再び輪鯉の体に戦慄が走った。
それは悪寒でもあった。
“私……今、相方の素振りを参考にしてるわよね。
これっていいのかしら。相方とキャラクター被っちゃうじゃない。
キャラが被ったら私達【冬の富士】のメリハリのようなもの
コンビとしての個性が一色にならないかしら。
そういえばファンから、
二人は性格と容姿が全然違って面白いね、って言われた事があるわよね。
私、このキャラでいいのかしら。
ありのままの自分じゃないわ。
しかもこの姿を見た初見の人たちは私がこんなブリっ子キャラだって思うわよね。
そんなのたまったもんじゃないわ。
冬華のキャラだって際立たないでしょうし……”
輪鯉は階段に頭を打ちつけた。
“自分の頭の悪さに腹が立つ。
そして……先程からどこかで私を映している番組スタッフの皆様、
特に編集の方、申し訳ございません。ダメなアイドルで。
もう一度、もう一度だけチャンスを下さい。
私は、本当の私は、こんな巨大な未確認物体を前にしても全然驚きません。
突然階段が現れて、
音声が流れて、
物体の中へ誘われようとしていたとしても、
なんの躊躇もなく、無表情で、
ノーリアクションで入っていける面白みのかけらもない、
タレント性のかけらもないクズ女なんです。”
階段から離れ、再び枝を投げつけたスタート地点へと戻った。
木々の隙間から差し込んできた日差しが、輪鯉を照り付ける。
青い空と太陽を背にした球体を正面に見据える。
「……はぁ。」
“太陽を背にして思いっきり笑ってみたい。
なぜいつも日差しは正面にくるのかしら。
前がしっかり見えないじゃない。”
輪鯉は着ていたパーカー脱ぎ、上半身だけ水着を露わにさせた。
“例えつまらないVTRだと言われてもいい。
だって私はアイドルなんですもの。芸人さんじゃないわ。
でも、せめて少しくらいは身を削らなきゃ。
下柳さんの言葉を信じて、ありのままの、自分を信じて……よね。
素直に驚いた所だけリアクションとればいいわよね”
輪鯉は枝を見つけ、再び手にした。
“三度目の正直。……もう絶対にスタッフさん達からは嫌われてるわよね。
そもそも、これってドッキリなのかしら。
今まで勝手にそう思っていたけれど
本当はドッキリじゃないとしたら?
だとしたら、この『ハイッテハイッテ』とうるさい音声はなんなのかしら?
球体の中に誰かいるかもしれないわね。
誰かが趣味でこんな物を造って、
偶然目の前にが現われた私をからかっているのだとしたら?
……はぁ。もう訳がわからなくなってきた。
カメラが回っていると思って普段やらない素振りを無理してやってたけど
これがドッキリでもなんでもなくて、
球体の中の人だけが見ていたとしたら
私とんでもない人間だと思われてるわよね。
入口の前で、何度も行ったり来たり叫んだり変な体勢とったり、
馬鹿だと思われてるに違いないわ。
……恥ずかしくなってきた。
ある意味誰にも見られたくない姿をみられちゃったかもしれないわ。
……もういっそ帰っちゃおうかしら。
……うん、帰りましょう。
球体なんか後で皆を連れてきた方が、
中の人も喜ぶんじゃないかしら”
輪鯉は球体に向かって頭を下げた
「中にいる方がどなたか存じませんが
後でもっと沢山の人達を連れてきますので
もう少々待っていてください。
それでは。出直してきます。」
球体に背を向けたその時だった。
『イヤハヤクハイレヤァァァァァ』
音声と同時に太いワイヤーの様なモノが輪鯉の胴体に巻きつき
彼女を一瞬で球体の中へと運びこんだ。