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19話

19日目


囁きを振り切り、三人は黒き森の奥へ進んでいった。

しかし歩けば歩くほど、奇妙な感覚が募る。


「……おかしい」ノエルが立ち止まる。

「同じ木を三度見ている。方向を変えても、またここに戻っているのよ」


「迷わされてるってことか?」カイが苛立たしげに拳を握る。

「だったら力ずくで進むしか――」


その瞬間、足元の大地がぐにゃりと歪んだ。

世界が沈み、光が反転する。

三人は叫ぶ間もなく、闇に吸い込まれていった。


――気がつくと、そこは森ではなかった。


広がるのは古びた石造りの遺跡。

崩れた柱や苔むした床が、長い時を物語っている。

そして空気は重く、湿った血の匂いが漂っていた。


「……ここは?」ユウが声を震わせる。


答えるように、闇の奥から低い唸り声が響いた。

姿を現したのは、獣のような魔物。

だがその体には奇妙な刻印が刻まれており、ただの野生ではないことが一目で分かった。


カイが前に躍り出る。

「チッ、歓迎してくれるみたいだな!」


ユウも剣を構え、ノエルは背から古びた本を取り出した。

だがノエルの目は魔物ではなく、床に散らばる破れた紙片に釘付けになる。

「……これは……師匠の筆跡……!」


魔物の咆哮が響く。

その音に重なるように、ノエルの胸は高鳴った。

「師匠は、ここに来ていた……!」


闇の中で、戦いと答えの両方が三人を待ち受けていた。


魔物の咆哮が遺跡に響き渡る。

赤黒い瞳が三人を射抜き、四肢の筋肉が唸りを上げる。


「来るぞ!」ユウが叫び、剣を構える。


最初に飛び出したのはカイだった。

巨体に真っ向から挑み、拳を叩き込む。

石を砕くほどの衝撃が響いたが、魔物は怯むどころか逆に腕を振り回し、カイを弾き飛ばした。


「ちっ……硬ぇ!」

カイは口元から血を拭い、立ち上がる。

「でも負ける気はしねぇ!」


ユウはその隙を突き、魔物の足元へ駆け込む。

小回りを利かせて剣を突き立てるが、刃は刻印の光に弾かれた。

「……普通の攻撃じゃ通らない!」


背後でノエルが冷静に呪文を唱える。

本のページが風にめくられ、淡い光がユウとカイを包む。

「身体を軽くした。動きに集中して!」


「助かる!」ユウはすぐに態勢を整えた。

目を凝らすと、魔物の刻印の一部がひび割れているのに気づく。

「……弱点は胸の刻印だ!」


カイが大きく笑った。

「なら、そこをぶっ壊せばいいだけだ!」


三人は息を合わせる。

ユウが囮となり、魔物の攻撃を誘う。

ノエルがその動きを縛るように魔力の鎖を放ち、一瞬だけ巨体を止めた。

その刹那、カイが全力の拳を胸へ叩き込む。


轟音と共に刻印が砕け、魔物は苦痛の叫びを上げて崩れ落ちた。

黒い霧のようなものを吐き出しながら、やがて動かなくなる。


静寂が戻った遺跡に、ユウは剣を下ろして息を吐いた。

「……勝ったんだな」


カイがにやりと笑い、拳を掲げる。

「当たり前だろ。俺たちならな!」


ノエルは胸の鼓動を抑えつつ、崩れた床に散らばる紙片を拾い上げる。

「……やっぱり。師匠はここに来ていた」


戦いは終わった。

だが答えは、まだこの遺跡の奥に眠っていた。


遺跡に静寂が戻ると、ノエルは崩れた石壁の陰に積もる残骸を丁寧に探り始めた。

やがて、小さな机と散らばった羊皮紙が見つかる。

インクが掠れてはいたが、筆跡は紛れもなく――。


「……師匠」


震える声が響く。

ユウとカイも覗き込み、散乱した記録を目にした。


そこには、黒き森の奥で転移した瞬間の記録、見知らぬ空間での観察、そして“ここで研究を続ける”と記された言葉が残されていた。


――私は黒き森の奥で空間の歪みに呑まれ、この遺跡へ至った。

元の世界へ戻る術はまだ見つからぬ。

だがここには知識がある。

ならば私は、この場で研究を進めるしかない。


ノエルの胸が高鳴る。

「……師匠は帰らなかったんじゃない。帰れなかったのね」


さらに机の上には、水晶がひとつ置かれていた。

ノエルが手に取ると、淡い光が広がり、微かな声が響く。


『ノエル……もしこれを手にしたなら……私はまだ生きている。

 この空間で研究を続けている。

 いずれお前なら、この場所の更なる奥へ辿れるはず……その時、必ず来い』


声は途切れ途切れだったが、確かに師匠本人のものだった。


ノエルは震える唇を結び、両手で水晶を抱き締める。

「……生きてる。師匠は今も研究を続けている」


ユウは穏やかに笑みを浮かべた。

「だったら、会える。必ず見つけ出そう」


カイも力強く頷き、拳を突き上げる。

「そのために進むんだろ? いいじゃねえか、行こうぜ!」


ノエルは涙を拭い、決意を込めて頷いた。

「はい。必ず辿り着いて、師匠と再会する。そのために……」


遺跡の奥にはまだ光が瞬き、さらに深い通路が口を開いていた。

三人は互いに視線を交わし、再び一歩を踏み出した。


インタールード リナ、迷いの扉


黒き森の闇は深い。

けれどリナは足取り軽く、口笛を吹きながら進んでいた。


「ここで消えた連中が多いって噂だけど……そういう場所ほど面白いのよね」


やがて森の奥で、視界がぐにゃりと歪んだ。

次の瞬間、彼女の足は石造りの床を踏んでいた。


「……ふふん。やっぱり転移か」


崩れた柱、湿った空気。

リナの目がすぐに留まったのは、散らばる黒い霧の名残だった。

地面には激しい戦闘の痕跡が残っている。


「へぇ……あの子たちもここに来てたのね」

唇に笑みを浮かべ、リナは靴先で焦げ跡を軽くつついた。


さらに奥に進むと、祭壇の影に残された羊皮紙の切れ端を見つける。

それはノエルの師匠の研究の断片らしかった。


リナは興味深そうに目を走らせる。

「空間の歪み……封じられた知識……ふぅん。悪くないわね」


だが彼女は深追いしない。

羊皮紙をひらひらと振り、再び床に戻した。


「誰かが追い求めてる途中のものを横取りする趣味はないの。

 でも……完成したら奪うのはアリかしら」


その目が怪しく輝いた。

彼女の目的は金か、知識か、それとももっと別の何かか。


「ま、いいわ。あの少年たちがどこまで辿れるか見物ね」


そう言って肩をすくめ、リナは遺跡の奥へと消えていった。

その背に、どこか楽しげな余裕が漂っていた。

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