17話
17日目
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白き塔を後にして数日。
雪を踏みしめる三人と一匹の足取りは、行きよりもずっと軽かった。
空気は同じ冷たさでも、胸の奥に宿るものが違う。
塔での試練が、それぞれを強くしたのだ。
やがて見えてきたのは、煙の上がる屋根。
懐かしい匂いにユウの心がほぐれる。
「戻ってきたんだ……」
小さくつぶやくと、カイが笑った。
「顔つきが変わったな、ユウ。ちょっとは旅人っぽくなったぜ」
ノエルも頷く。
「確かに。試練を越えた証拠ね」
村の広場で待っていた村長は、深い皺の奥で目を細めた。
「よくぞ帰ったな。お前たち、ずいぶんたくましくなった」
ユウは一歩前へ進み、深く頭を下げる。
「塔の試練を越えてきました。でも……まだ手紙をどこへ届けるのか分かりません」
村長はしばらく黙したあと、ゆっくり立ち上がった。
奥の棚から取り出したのは、一枚の古びた地図。
その北方には、濃い墨で黒い印が刻まれていた。
「次に進むべきは――《黒き森》だ」
その名を聞き、ノエルの瞳が鋭く光る。
「黒き森……。記録のほとんどが失われ、誰も近づかない場所。何が眠っているのかしら」
カイは腕を組み、不敵に笑う。
「いいじゃねえか。塔を越えた俺たちなら、なんとかなるだろ」
ユウは地図に触れ、唾を飲み込む。
胸の奥にざわめくものがある。
それでも足を止めることはできない。
「分かりました。僕たちは黒き森へ向かいます」
その瞬間、村長の目に影がよぎった。
まるで何かを隠しているかのように。
ユウは気づかなかったが、確かにその視線は重かった。
村の夜は静かで、囲炉裏の火だけが部屋を赤く染めていた。
外は冷たい風が吹いているが、囲炉裏のそばは不思議と心まで温まる。
ユウは湯気の立つ器を手に取り、一口すすると、思わず顔をほころばせた。
「はぁ……やっぱり村の料理はいいな。旅の道中じゃ、こんなの食べられないし」
「ほんとだな」カイが豪快に肉を頬張る。
「干し肉とパンばっかりの生活じゃ、腹は膨れても気持ちは満たされねぇ。こういう飯が一番だ」
ノエルは穏やかな微笑みを浮かべながら、スープを口に運ぶ。
「ふふ、二人とも分かりやすいわね。まあ、私も久しぶりに落ち着いた気分になれる」
火の音に混じって、しばらく三人は食事を楽しんだ。
やがてユウがぽつりと呟く。
「ねえ……二人は、どうしてこの旅を続けてるの?」
カイが目を丸くする。
「なんだよ、いきなり」
「いや、なんとなくさ。僕は……手紙を届けるっていう目的がある。けど、二人は?」
カイはしばし考えるふりをして、にやりと笑った。
「俺か? 俺は単純だぜ。とにかく強くなりてぇ。
誰にも負けないくらいの力を手に入れて、この世界で“俺はここにいる”って証明してやるんだ」
「証明、か……」ユウが繰り返すと、カイは肩をすくめる。
「そうだよ。生きてるだけじゃ意味がねえ。強さで俺を知ってもらう。それで十分だ」
ノエルが微笑みながら首を振った。
「あなたらしい答えね。でも……それでいて意外と真剣」
「うるせぇ」カイが照れ隠しのようにスープを飲み干した。
ノエルは器を置き、少し間を置いてから口を開いた。
「私の目的は……師匠が果たせなかったことを果たすことよ」
ユウとカイが視線を向ける。
ノエルは囲炉裏の火を見つめながら、静かに言葉を続けた。
「師匠は学者だった。黒き森に眠る“知識”を追い求めて、最後までたどり着けなかった。
私はその弟子として、必ず答えを見つけたい。師匠の夢を、私の手で完成させるの」
ユウは真剣に耳を傾け、やがて小さく頷いた。
「……そっか。ノエルさんは、師匠の夢を叶えるために旅をしてるんだね」
カイがにやりと笑う。
「夢だの知識だの、難しいことは分かんねぇけど……お前がやるって言うなら、俺は信じるぜ」
ノエルは少し驚いたように目を瞬き、すぐに優しく微笑んだ。
「ありがとう」
火がぱちぱちと音を立てる。
ユウは手紙にそっと触れながら言った。
「僕は、この手紙を届ける。たとえ行き先が分からなくても。
一人前になりたいんだ。そのために絶対にやり遂げたい」
カイは豪快に笑い、ノエルは静かに頷いた。
それぞれ違う目的を抱えながら、三人は同じ道を進んでいる。
火の灯りに照らされた横顔は、どれも強く、そして少しだけ優しかった。
朝の村は霜に覆われ、吐く息が白く空に溶けていった。
村の広場に集まったユウたち三人の前には、すでに村人たちが待っていた。
彼らの目には不安と期待が入り混じり、温かな声が次々と飛んでくる。
「気をつけるんだぞ!」
「黒き森には近づくな、と昔から言われてきた……それでも行くのか」
「無茶はするなよ。必ず帰ってこい!」
子どもたちがユウの袖をぎゅっと掴む。
「ユウ兄ちゃん、また遊んでね!」
ユウは一瞬言葉を失ったが、力強く頷いた。
「うん。約束する。必ず帰ってくるよ」
その様子を見て、カイは大きな声で笑った。
「安心しろって! 俺がついてんだ。黒き森だろうが魔物だろうが、ぶっ飛ばしてやるさ!」
その豪快さに、子どもたちは「すごい!」と歓声を上げ、村人の顔にも笑みが広がる。
ノエルは村長の前に進み出て、深々と頭を下げた。
「……この地図、本当に助かります。師匠の夢を継ぐために、必ず手掛かりを見つけます」
村長はしばし三人を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「黒き森は人を惑わす。己の目的を見失えば、二度と戻れぬだろう。
だが……お前たちならきっと越えられる。胸にあるものを、決して忘れるな」
その言葉に、三人は無言で頷いた。
昨夜語り合った“それぞれの目的”が、胸の奥で静かに燃える。
ユウは一歩前に出て、村人たちを見渡した。
「行ってきます! 僕たちは必ず黒き森を越えて、もっと強くなって戻ってきます!」
村人たちが手を振り、子どもたちが声を合わせて見送る。
朝日が昇り、雪に光が反射してまぶしく輝いた。
三人は肩を並べ、村を後にする。
目指すは北――伝承に語られる黒き森。
そこには闇と試練が待ち受けている。
それでも、彼らの足取りは迷いなく、しっかりと前へ進んでいた。




