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黎明の風 流れる雲  作者: アジアンファンタジーだいすき
境丘に雨の下しる頃
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境丘に雨の下しる頃 (六)


 さて、そんな王孫(ワンスン)(ハン)がこもる妓楼の門前に辿り着いた(シュイ)(ユィン)ホー(ジェ)だったが、そこで足が止まった。どちらかともなく顔を見合わせる。

 境丘に学ぶ学徒が、昼日中から妓楼にあがるなど外聞がいいはずがない。ましてふたりは冠礼まえの()()()だ……。


(おまえが行けよ)

(ぼくが、かよ)

(この前は俺が行ったぞ)

(…………)


 表情による無言の応酬のすえ、結局、何捷の〝圧〟に負けた徐云が歩み出ることとなって、門のうちで控える店の者に顔を向けた。

 もしこの様子を誰かが見ていて、尾ひれが付いて明璇(ミンシォン)の耳に入ったりしたら……。

 考えるだに恐ろしい徐云である。

 目を合わさずにそっと進み出てきた店の〝若い者〟に、徐云は用向きを伝える。すこし待たされた後、中へと通された。


 王孫航のなじみの妓女の部屋は内院の廂房(しょうぼう)にあった。

 店の者の後について邸内の二の門をくぐり、雨間(あまあい)の内庭を、誰かのつまびく琴の音やら若い(おんな)のさんざめく声などを聴いて歩いていく。そんなふたりに、()()()合い間の妓女たちの、商売っ気も屈託もない視線が集まる。

 それを若いふたりは否応なく感じた。

 手を振ってくる娘や、ことさらに艶っぽい目線を送ってくる娘、なかには着崩れた着衣の胸元を、これ見よがしに向けてきたりする娘もいる。

 ぎこちなくなったふたりの歩様を、可笑しくてしかたない、というふうに笑う彼女らは、もちろん彼らが〝客〟でないことは承知していて、男性(おとこ)としても〝質の良い(かわいい)〟部類だと、安心して揶揄っているだけである。

 揶揄われている徐云と何捷は、まあ立つ瀬がなかった。


 艶めかしい(おんな)たちの視線の中を内院の西廂房まで案内されると、徐云と何捷は、一礼して中庭をとって返す店の者を見送った。それからまた顔を見合わす。こんどは黙って何捷が進み出た。

高子(ガオヅゥ)の使いで参りました。(ホー)(ジェ)(シュイ)(ユィン)です」

 何捷は、ことさらに声を張り上げ、長揖(ちょうゆう)拱手(きょうしゅ)をした。慌てて徐云も拱手する。

 くすくすと、黄色い笑い声が彼方(あちら)此方(こちら)から聴こえた。

 そんな黄色い笑いに、ふしぎと通るやわらかな声が重なった。

「――ああ、ごくろうであった。()にも角にも入られよ」

 王孫航の声は、類まれなる美声だった。


 内庭に向いて明るく窓の採られた部屋に入ると、(当りまえだが……)ひと組の男女が寛いでいた。

 何捷と徐云は、男と女、それぞれに跪拝(きはい)(跪き上体を屈めて敬意を表すること)した。

「雨季ももう終わるが……今日のところはまだ蒸す」 凭几(ひようき)脇息(きょうそく)=脇ひじ掛け)に身を(もた)せたすらりと見目のよい優男が、ふたりに面を上げるように手振りしながら、手にした杯を掲げて訊いた。「まずは(たしな)まれるか」

 彼が王孫航である。(あざな)を〝仲逸(チュゥイー)〟。

 この気障(きざ)男、所作のひとつひとつが妙に気取っていて仰々しいのだが、それが、たとえば(ファ)(ハオ)のような権勢の中枢に生まれ育ったものに感じるような〝周囲に気後れを誘う〟ようなものを意識させられることがない。ひとつにはやはり、彼の周囲には、権勢の匂いがないからであろうか。


 それはさておいて、杯を勧められた何捷と徐云の方は、どうすべきか躊躇うこととなった。

 べつに酒が飲めないわけではない。が、境丘に学ぶ学徒が昼日中から酒を口にするのは如何なものか。

 困った表情(かお)の徐云は、目線を、王孫航の隣に座卓を(はさ)んで座る美妾へと移した。

 彼女がこの部屋の主である。本当にうつくしい。(あざな)を〝雅雯(ィアウェン)〟といい、桃原一の妓楼「青翠院」の花形である。本当の名は、徐云や何捷などは知る術もない。

 目が合うと、雅雯はすこし小首を傾げるようにし、きれいな目に微笑を(たた)えて、卓上の小ぶりの(かめ)から柄杓(ひしゃく)を引き上げてみせた。

 徐云は、いよいよこれは()()辞そうか、思案せざるをえなくなったのだが、そんな徐云の隣の何捷は、やはり、というか……

「いただきます」

 と、もう進み出ていた。

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