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初任務

「今日が……初めての実戦任務か」

レンジは小さく呟き、全身が映る鏡の前に立った。

彼が身に着けているのは、討伐隊の制服。真っ白な光沢を放つスーツの袖と胸元には、はっきりと“098”の番号が刻まれている。

討伐隊の装備は頭から足先まで白一色で統一され、マスクまでもが同じ色だ。

黒いインナーと軍用のコンバットブーツ、そして胸に輝く“黒い瞳”の紋章だけが、その中で際立って見えた。

「それにしても……この制服、結構カッコいいよな」

少年は照れくさそうに笑いながら、鏡の前で一回転してみせた。

まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように。

「おい! 更衣室の中のやつ! 車が出るぞ! 何やってんだ、早く来い!」

外から仲間の声が響く。

「はいっ! 今行きます! 待っててください!」

レンジは慌てて部屋を飛び出し、外に停まっていた車へと駆け出した。

今回の任務で、隊の誰一人として彼がミッドナイトの一員であることを知らない。

その事実を知るのは、討伐隊の隊長ただ一人だけだった。

レンジの任務は“狙撃手”。遠距離からの監視と支援が彼の役目だ。

彼の愛銃は、腕時計と連動して自身の血液を弾丸として生成できる特別な銃。

今回の目標は――黄等級の黒物病感染者。

「新人が狙撃の名手って聞いたけど、本当か?」

車内でひとりの隊員が声をかけてきた。

「隊長がベタ褒めしてたぞ、まるで自慢の息子みたいにな」

「い、いえ……そんな大した腕じゃないです」

レンジは照れたように頭をかき、苦笑する。

「初任務にしては重い任務だな。大丈夫か?」

ナンバー091が言葉を続ける。

「一回の出動で帰ってこなかったやつもいる。血や怪物を見て吐くやつもいたからな」

「……大丈夫、だと思います」

レンジは慎重に答えたが、その瞳には決意の光が宿っていた。

「この仕事は稼げるが、命懸けだ」

ナンバー023が淡々と告げる。

「もし無理そうなら、遠慮なく言えよ。誰も責めたりしないさ」

レンジは静かに頷いた。

車の窓の外には、街の灯りが流れていく。

その胸の奥で、彼はただひとつの言葉を繰り返していた。

「――絶対に、生きて帰る」

「はい、心配してくれてありがとうございます」レンジはそう言うと、疑問げに口を開いた。

「ところで、先輩たちが一番手こずる感染者ってどのタイプですか?」

「まあ、言うまでもない――オレンジ等級だな」番号091は即座に答えた。

「じゃあ、そのオレンジより上の等級に遭遇したことはありますか?」レンジは好奇心を込めて尋ねる。

「うーん……」番号091はしばらく考えた後、「いや、ないな。もしオレンジを超える事案が起きたら、全部ミッドナイトが引き取る。俺たちの手には負えないからな」と答えた。

番号023が重い口調で口を開く。「でも、本当に手ごわいのは等級の高さじゃない。感染者の中に紛れ込んだ“犯罪者”どもだ」

「えっ!」レンジは思わず声を上げる。

「感染者の中でも、感染を拡散させるような犯罪者が一番タチが悪い」番号023は続ける。「頻繁に遭遇するわけじゃないが、出くわしたら容赦しない。ミッドナイトだって扱いに困ることがある。多くのミッドナイト隊が“ブラックミラー”に命を奪われてきたんだ」

「ブラックミラー……」レンジはその名を繰り返し、しばし言葉を失う。「知らなかったです。気を付けないといけませんね」

「そうだ。生き延びたいなら距離を取れ」番号091は真剣に言った。「俺たちには太刀打ちできない。無理だと思ったらすぐに退くんだ――ここじゃ自分勝手だとは見られない、番号098」

「はい……よろしくお願いします」レンジは頭を下げた。

討伐隊とミッドナイトの大きな相違点の一つは、作戦や任務のときに彼らが“名前”ではなく『番号』だけで呼ばれることだ。互いを番号でしか知らないことは長所であり短所でもある――深い絆が生まれにくく、窮地に陥れば仲間を見捨ててでも生き残る選択を取ることができるからだ。

討伐隊の者たちはその現実を痛いほど理解しており、ためらわずに従っている。誰かを失いたくないがゆえに、必要なら自らを差し出すことも、友を巻き添えにしたくないがゆえに見捨てることもある。任務ごとに参加する番号は入れ替わり、時には互いを覚えていて“友”として助け合うこともあるが、それは個々人の判断に委ねられる。そして、任務の計画はその場の隊長とともに行われる。

「俺たちは建物に突入する。番号098、お前は狙撃手だ」隊長の声が整列した隊員たちに響く。「隣のビルの上階か屋上に上がって、必要なら敵を制圧するために援護射撃をしろ。わかったか?」

「了解しました」

黄色等級の感染者を討伐する任務が始まると、レンジは向かい側のビルの屋上へ上がった。騒動が起きていると報じられたビルの向かいで、彼はスナイパーライフルを地面と平行に据え付け、いつものように銃を腕時計と連動させた。左目で狙いを定める能力があるため、望遠鏡スコープを使わずとも向かいのビル内の標的を捉えられる。

その周辺区域は今、彼一人の責任区域だ。雨がぱらつき始め、コートが少しずつ湿っていく。

「こうして出動するのも悪くないけど……一人で濡れてると寂しいな」

彼は透明なビルの窓越しに辺りを見張りながら、そう呟いたが、見えるのは捜索に入った仲間たちの姿だけだった。

仲間たちの捜索を待つ間、レンジはしばらく下の通りを見下ろしていた。足元の高さに心がぞわりとする。

「高いな。落ちたらまずいぞ」

その瞬間、向かいのビルから――パン! パン! パン! と銃声が響いた。

「銃声だ!」

レンジはハッとし、銃をしっかりと構え直す。向こう側では戦闘が起きているに違いない。狙いを定めて標的を探す。

ドーン! バチバチッ!――突如、隣のビルで爆発と火災が発生した。

「まずい、敵はどこだ……なぜ見えないんだ」

慌てて標的を探す彼の耳に、誰かの悲鳴が飛び込む。

「やめて! 死にたくない! 助けて!」

チームの一人が窓際の通路へと逃げ込んでくる――それはちょうどレンジが視界に入れていた角度の場所だ。

ドーン! ジリリリリリ! と爆発とともに火災報知が鳴り、黒い煙が窓から噴き出す。

「中で何が起きているんだ……」

レンジは考えたが、任務である以上、隊長の指示があるまでは動けなかった。

そのとき、彼の目にある人物が留まる――古びたカウボーイハットをかぶり、赤いコートを羽織り、革手袋とハイブーツを履いた屈強な男だ。炎の中をゆっくり歩くその姿は、炎を恐れず、討伐隊にもまるで構わない様子だった。

「誰だ、あれは……」

レンジはその男を監視するために銃を向ける。見えた行動から、彼がただの一般人ではないことを確信する――おそらく犯罪者側だ。

その男はためらいなく番号023の元へ歩み寄った。番号023は抗おうとしたが、首を折られて瞬く間に倒れる。すると、どこからともなく湧き上がった炎が番号023を包み、悲鳴が辺りに響き渡った。番号023が倒れると、その男はよろめく番号091の方へ歩み寄る。番号091は後退して仰向けに倒れ、必死に懇願する。

「やめてくれ……お願いだ、放してくれ……」

レンジはすぐに理解した。もし何もしなければ、次は番号091が殺される――彼は即座にその男の頭部を狙って射撃した。

バンッ!

弾丸は標的へ向かったが、その男は一瞬で気配を察知し、反転して背中を向けるように身をかわした。まるで人間ではないかのような素早さだった。

その男は番号091への関心を払わなくなり、レンジのいる位置へと視線を向けてにやりと笑った。

(やばい……気づかれた)

レンジの思考が終わるよりも早く、その男の姿が目の前に現れた――レンジがカウボーイハットの男に銃口を向けている、そのすぐ横に立っていたのだ。

その右拳は炎と膨大な力に包まれ、レンジの胸元めがけて突き出される。

すべてがスローモーションのように見えたが、実際には一瞬の出来事だった。

(速い……速すぎる)

フッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

炎の拳がレンジの胸を強烈に打ち抜き、その身体はビルの壁を三階分も突き破って吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

レンジは声にならない苦痛に顔を歪め、息を吸おうとマスクを外した。赤い血が口の端からにじみ出し、胸を押さえたまま身体が震える。呼吸は苦しく、咳き込むたびに血が飛び散った。

「ゴホッ……ゴホッ……集中しろ……集中……」自分に言い聞かせる。「気を失うな……ダメだ……」

かすんだ視界に、その男がゆっくりと近づいてくるのが見えた。恐怖が再び胸に押し寄せる。

(強すぎる……勝てない……どうやっても敵わない……)

「おやおや、何を見つけたかと思えば」男は笑みを浮かべながら近づいてきた。

炎を纏うその手をひらりと振り、「ふむ、顔がよく見えないな。俺の頭を撃とうとした小僧……燃やす前にその顔、拝ませてもらおうか」

彼が軽く手を払っただけで、周囲のビル全体に炎が燃え広がる。炎の光に照らされ、レンジの顔がくっきりと浮かび上がった。

(まずい……俺はここで死ぬのか……)

気を失う直前、レンジは殺意を向けるその男の顔を見上げた。

だが、二人の視線が交わった瞬間、カウボーイハットの男はゆっくりと笑みを消し、その瞳に哀しみの色を宿らせた。

(なぜ……急にあんな目を……)

そう思う間もなく、レンジの意識は闇に沈んでいった。




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