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ブラックミラー

静まり返った夜——三日月が灰色の霧と星々のあいだに浮かんでいた。凍りつくような空の下、ひとつの影が自由に跳ね回っている。

 黒装束の男。頭には緑色のカエルのマスコットヘッドをかぶり、執拗にひとりの悪党を追い詰めていた。ビルの屋根を軽々と飛び越える様は、まるで地面の小さな段差を跨いでいるだけのように見える。

「逃げろ、逃げろ〜! うわぁ〜追われてる! 楽しいな、楽しいな!」

 頭頂部で短い髪を結った痩せ型の長身。クラブの7が散りばめられたスーツを身にまとい、奇妙な形のサングラスをかけた青年は、追われながらもまるでゲームを楽しむかのように駆け抜けていた。

「いつまで走ってばかりなんです? 正面から話す気はないんですか。ブラックミラーの一員ってそんなに強いんじゃなかったんですか? どうにも頼りないですよ」

「おっと、言葉の刃は武器より鋭いな」

 ナンバーセブンと呼ばれる男はうつむいてぼそりと呟き、すぐに顔を上げて答える。

「いやいや、失礼しましたね。ただもう少し広いフィールドで遊びたかったんですよ。さっきの路地裏は少し狭すぎましたから、ハヤトさんにご親切しようと思いまして」

 その時、青い模様の仮面をつけたミッドナイトの隊員が姿を現した。二本線の階級を持つ彼女はすぐさま合流し、前方の敵を封じる方法を提案する。

「ハヤト先輩! ここはマシロに任せてください!」

「封じればいい、焦るな。あの男は、お前ひとりじゃ手に余る」

「了解です!」

 マシロはそう返すと同時に血を呼び出す。その血は巨大なブーメランへと姿を変え、彼女は叫びと共に投げ放った。

「ナンバーセブン! 止まりなさい!」

 ――シュンッ!

「ぎゃあっ!」

 ブーメランは強烈な勢いで直撃し、ナンバーセブンの身体をビルの壁面へと叩きつけた。ガラスが派手に砕け散り、夜空に響き渡る。幸いにも、その一帯に民間人はいなかった。

ガシャンッ!

 ハヤトはそれを見て即座に建物へと飛び込んだ。視線を獲物から逸らすことはない。マシロもすぐ後を追った。しかし建物の中に入ると、ナンバーセブンの姿は既に消えていた。

「気をつけろ」

 ハヤトは低い声で警告した。

「どうしましょうか?」

「別れて捜せ。ここの近くにいるはずだ」

「了解です!」

 二人は慎重に手分けして捜索を始めた。すると懐中電灯の光がこちらへ向けられた。

「おい! あんたたち誰だ、夜中に何してる!」

 建物の警備員が入ってきた。さっき割れたガラスの音を聞いたのだろう。ハヤトは手で光を遮りながら悪態をつく。

「まずい…逃げろ!」

 その声が途切れるや否や、警備員の身体は硬直し、手にしていた懐中電灯が床を転がった――背後からナンバーセブンが現れ、腕で相手の首をしっかりと絞めていたのだ。

「おやおや、突然ゲームの参加者が増えましたよ」

 ナンバーセブンの背中から、黒い長い尻尾がひとしきり膨らんで伸びてきた。タヌキのような尾は震える警備員の体に絡みつき、恐怖に満ちた瞳が宙を泳ぐ――彼は今、自分が何と対峙しているのかを理解した。

「助けてくれ…」

 マシロは状況のまずさを見て咄嗟に飛び込もうとしたが、

「ちょ、ちょっと動かないでください」

 と犯人は即座に言い放った。自分が捕らえている相手が攻撃されれば即死するといい、今動けば助けられるどころか間に合わないと断言する。世界にどんな戦法があろうとも、今この瞬間は間に合わない――と。

 ハヤトは落ち着いたまま眼前の状況を見据え、次の瞬間には躊躇なくナンバーセブンへと飛び込んだ。ナンバーセブンは反射的に捕虜を守ろうと後退する。

「おお、なかなか度胸があるじゃないですか。人質を取られているのに近づいてくるとは」

「お前の罠にかからない奴に驚いたのかね?」

 ハヤトは静かに返す。

「もし俺をヒーローだと期待して、人質を全員救えとでも思っているなら見当違いだ。お前みたいな奴は、誰を捕えても殺す。交渉で人質を放すことを期待するより、全部殺したほうが早い――そう考えたら、人質一人の命と、殺人やクロモノ感染をばらまくお前を天秤にかければ、そっちのほうが世のためになるだろう。お前は犯罪者ランキングの上位だ。そう考えれば割に合うんじゃないか?」

「ふむ、説得力がありますね」

 ナンバーセブンはあくまで冷ややかな声で言った。

「ここまで私のことを知ってファンと言わんばかりに馴れ馴れしい。ならば、ちょっとした見せ物をお見せしましょうか――」

 人質は震えながら助けを求めようとしたが声が出ない。あまりにも相手が怖すぎたのだ。

「こちらは、我々のチームが開発したクロモノの株です。正直言って、君たちは目の前の成果に驚くはずだよ……」

 ナンバーセブンがそう説明し始めた瞬間、マシロが背後から現れ、足で彼の首元を強く蹴りに行った。しかし、敵は素早くかわした。

「ちょっと待ちなさいよ、話を最後まで聞いてくれよ!」

 ナンバーセブンがやや苛立ちを見せる。

「あなたたちもあの男と同じで常軌を逸した考えを持っているのかい?」

「もちろん。目的のためなら私は誰でも殺します」

 マシロは平然と言い放った。

「ここに来るまでに、ミッドナイトも私が変貌したら躊躇なく私を殺すつもりだった。だから私は何も怖がる必要はないのです」

まだナンバーセブンの言葉が終わらないうちに、ハヤトは両手に剣を握って一気に飛び込んだ。しかし、敵は素早くかわした。

「それに――人質はもう死にかけているんだろう?」

 ハヤトは冷静かつ重々しい声で、目の前の男を指さした。あの男はナンバーセブンの尾が皮膚を貫いて細い血管をつかみ、首元に食い込ませて血を吸っているため、声を上げることすらできなかった。

「ちっ、見破られたか」

 トランプ柄のスーツの青年は歯ぎしりするように嘲り、表情を歪めた。「ならば遠慮はいらないな」

 ナンバーセブンは注射器を取り出すと、中に満たされた真っ黒な液体を、人質の首の付け根にぶち込んだ。警備員の眼がぎょろりと見開き、膝が崩れる。血管が膨れ上がり、かすかな呻き声が漏れたかと思うと、体つきが変貌し始めた──柔らかな肌は岩のように硬くなり、筋肉が異様に膨張して形が歪み、やがて巨大なカニのような骨格へと変わっていく。瞳は赤く光り、人間の面影は消え失せた。

 マシロのマスクに表示された画面がオレンジ色のアラートを点滅させる――クロモノ感染、オレンジ等級。

「な、何だこれ……こんなに早く変異するなんて!」

 マシロは目を見開いて叫んだ。「クロモノの変異が予想以上に急速すぎます!」

「ふん……さすがに政府上位の犯罪者だけのことはあるね」

 どこからか満足げな声が漏れた。

「我が輩の成果に誇りでも感じたのかね?」

 ナンバーセブンは満足げに笑い、さらに高慢に付け加える。

「我々が注入したものは、攻撃に耐えうるよう改良を施してある。さあ皆さん、新しいおもちゃで存分に遊んでくださいませ」

 そう言い放つと彼は隙をついて後退し、元の窓から跳び出した。

「待て! 逃げるな!」

 マシロが追おうとしたが、前に立ちはだかる変異体が彼女の行手を阻み、追跡を許さない。

「面白くなりそうだな」

 ハヤトは前にいる怪物を睨みつけ、剣をしっかり握り直した。「マシロ、ブーメランで固めてみろ」

「了解です!」

 彼女は答え、ブーメランを投げる。

 ガランッ――!

 ブーメランは金属のように硬い甲羅に当たり弾かれた。明白に、その硬度は侮れない。

「手強いな」

 ハヤトは淡々と言い放ち、再び飛び込んだ。変異体は激しく応戦し、マシロは後方から支援する――戦いは再開された。しかし今回は賭けがこれまで以上に重くのしかかる。ここでの一手一手が、多くの命と残された人々の安全を左右するのだから。

............................................................................................................................................

別の建物の屋上――強い風が吹きすさぶその場所で、ナンバーセブンは息を切らして立っていた。ハヤトとマシロとの戦いをかわして逃げ延びたあと、彼は下をじっと見下ろす。全身を覆うローブを着た謎の七人が列を成して立ち、静かに戦闘を見守っている。

「七人しか来てないのか? あとの一人はどこだ?」

 ナンバーセブンは荒い息をつきながら尋ねた。

「そいつは俺たちと一緒じゃない」

 列の一人が淡々と答える。「お前も知ってるだろう、ナンバーシックスは外れ者だ。気まぐれで、集団に従わない。いつも管理の外にいる」

「そうか……」

 ナンバーセブンは小さく頷いた。「危なかったぜ。あいつらを騙して、俺が負けたと思わせる賭けに出るしかなかった」

「ハヤトか……ゲンソウが警告した通りだな」

 別の一人が口を開く。「あいつにはもっと警戒が必要だ」

「だが、ルーサーが開発した新型クロモノ、確かに強化されているようだな」

 背を丸めた男が言う。「ミッドナイト討伐隊が対応するのに、いつもより時間を要しているのが見て取れる」

「ということは、我々の力も一段と増しているってことね!」

 グループの中の少女が興奮気味に声をあげる。「成功の日が待ち遠しいわ!」

「浮かれるな」

 グループで最も背の高い人物が冷めた声で言い放つ。「我らの戦いはようやく始まったばかりだ。安易に喜ぶのは早計だ」

「これからどう動く?」

 ナンバーセブンが問いかける。

「まずは六人の将の動向を見守れ。その後で計画を実行に移す」

 リーダーは断固とした口調で答えた。

「了解」

 七人は揃って返事をした。

「よし、散開だ。向こうに我々の集合を気取られる前に」

「了解!」

 声が重なり、瞬時に七つのローブが消えた。屋上に残されたのはただ一人――最も高い人物だけだ。彼は下で繰り広げられるハヤトの戦いを見つめ、その瞳には期待の色が宿っていた。

「ハヤト……いつか、必ず相まみえよう」



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