邪悪なる策謀、秘められた計略
病院を出たレンジは、再びコクメとしての日常に戻った――だが最初に待ち受けていたのは、彼らへの「処罰」を聞かされる時間だった。
「全員そろいましたね。――では、これから君たちに課せられる罰について説明します」
教室546の前に立つハヤト。その視線の先には、反省したように手を前で組む六人のコクメたち。ただ一人、タツヤだけはポケットに手を突っ込み、どこか無関心そうな顔をしていた。
「今回の規律違反ですが、幸いにも無関係な人々に被害は出ませんでした。したがって、部隊の裁判にかけられることはありません。犠牲となった討伐隊員もいますが、それは直接的に君たちの責任ではないのです」
「長いな……。やらせたいことがあるならさっさと言えよ、鬱陶しい」
タツヤは心底うんざりした表情で吐き捨てた。「オレのせいだろ。ならオレ一人が責任を負えばいい」
「まったく……こいつは変わらないな」
小声で呟いたオイダイラの言葉がレンジの耳に届く。レンジは指を口に当て、黙るよう合図した。
「……まあいいでしょう。ですが、君たちはチームです。一人が犯した過ちでも、チーム全員が罰を受けるのです」
「じゃあもしオレがミッドナイトの奴を一人殺して死刑になったら、チーム全員死刑ってことか?」
「その場合は個別に裁かれます」
ハヤトは落ち着いた声で答える。「部隊の裁判にかけられるような案件なら、処罰もそれぞれに下される」
一瞬の沈黙。
「……誰か狙っているのですか」
緑色のカエルのマスコット頭をかぶった男が口を開く。「あなた、ミッドナイトの誰かを殺すつもりなのですか?」
タツヤは口の端を吊り上げて笑ったが、何も答えなかった。
「実際、できなくはありませんよ」ハヤトが続ける。「自分より上位の者を殺せば、死刑を免れるどころか昇進することもある。……ですが、本当にやりますか? タツヤ君」
「フッ……」
タツヤは喉の奥で笑うだけだった。
「では処罰の内容に入りましょう」ハヤトは言葉を切り替える。「君たちの罰は重くはありません。六か月の間、討伐隊の任務を補助し、初期レベルのクロモノ感染者を鎮圧、そしてオレンジ等級以上が出現した場合は市民の保護を担当してもらいます。それに加えて――通常のコクメの二倍の訓練です」
「な、二倍だって!? オレ死ぬわ……」
オイダイラが頭を抱えて呻く。
「六か月!? じゃあオレのバイトはどうなるんですか!」
ヒロキが悲鳴を上げた。
「緊急時には討伐隊から直接連絡が入ります」ハヤトは淡々と告げる。「ただし、その際は必ずしもチームで動けるとは限りません。それぞれの任務に振り分けられるでしょう」
「え……チームで一緒に行けないんですか」
リンが寂しそうに声を落とす。
「訓練の一環と思いなさい」カエル頭の男がさらりと言った。
ミキは不安そうに友人たちを見回し、口を開く。
「……もし処罰を拒んだら、どうなるんですか?」
「コクメの給与は停止です」
「き、給与停止!?」
ヒロキが絶叫した。補助金がなくなると知り、顔面蒼白になる。
「それでも従わなければ――君たちはただのゴミとして処分されるだけです」
ハヤトの声が冷たく響いた。「……質問はありますか?」
教室は一瞬にして静まり返った。誰一人、言葉を発さない。
全員が処罰を受け入れるしかなかった。
「実のところ、私は嬉しいのです。皆が成長しているから」
ハヤトはゆっくりとタツヤへ歩み寄った。
「特に君……自分の過ちを人前で認めることができたのは、大きな一歩ですよ」
そう言って彼は、生徒たち全員を見渡した。
その瞳には、確かな想いが宿っていた。
「その日の出来事は、君たちにとって大切な教訓となったはずです――しっかり胸に刻んでください」
ハヤトは真剣さの中に喜びをにじませながら言葉を続けた。
「皆が成長したことを、私は誇りに思います。チームワークを理解し、たとえ頑固な者がいても、仲間を守り抜き、引き戻すことができた。どうかそのチームを大切にしてください。――この先にはもっと厳しい試練が待っています。忘れないでください、仲間は常に君たちのそばにいるのです。……だから今日は特別に、一日早く授業を終わりにしましょう」
その言葉に、コクメの面々は笑みを浮かべ、喜びを隠しきれなかった。
「おいおい、浮かれるなよ。忘れるな、まだ処罰中なんだからな」
「ありがとうございます!」
ハヤトが授業の終わりを告げると、皆はぞろぞろと教室を出ていった。だが一人、ヒロキだけは残り、意を決したように声を上げる。
「ハヤト先生……相談したいことがあります」
「うん、言ってみなさい」
「今回の騒動……先生も関わっていたのではありませんか?」
ハヤトはしばし沈黙し、小さく安堵の吐息をもらした。
「どうしてそう思うのです、ヒロキ」
穏やかな声で問い返す。
ヒロキは言葉を慎重に選びながら答えた。
「起こったことすべてが、あまりにも偶然すぎるんです。まるで最初から仕組まれていたかのように。場所も状況も……。それに先生はタツヤの性格を知っていたのに、あえて僕たちに危険な地点で感染者の討伐をさせました。さらに――無線です。あのとき聞こえた声は、あまりにも意図的でした。もしあの無線が先生のものなら、どうして僕に持たせたんですか? 本来、僕たちには必要のないものだったはずです」「見事な分析ですね」
ハヤトは頷いた。「しかし、“意図的”だという無線の声……それ自体、不自然だと思いませんか?」
「不自然です」ヒロキは断言した。「無線は“撤退しろ、基地に戻れ”と言っていたのに……レンジに聞けば、彼は討伐隊の支援を受けて建物に突入していた。――それなら、一体誰があの無線を発したんですか。もし先生でないなら……」
パチン、パチン、パチン。
教室にハヤトの拍手が響いた。
「素晴らしい推理です、ヒロキ。さすがチームの頭脳ですね」
彼はかすかに微笑んだ。
「ですがね、どれほど疑わしい言葉に聞こえても、結局は無意味なんですよ。私はすでに無線の使い方を説明しました。すべては君たち自身の判断で起きたこと。そして、規律を破った以上、私も処罰を受けます。ただし――私に科されるのは取るに足らない罰ですがね」
「そういうことか……」
ヒロキが小さく呟く。
「これもまた、君たちに学んでほしい教訓の一つなのです」
ハヤトはそう言うと椅子を引き寄せて腰を下ろし、両手を前で組んだ。表情は再び真剣なものへと戻る。
「これから状況はますます悪化し、制御不能に陥っていくでしょう。君たちの敵はあまりにも強大だ。だからこそ、私の務めは――あらゆる手を尽くして、君たちを鍛え上げることなのです」
その頃、教師と生徒が教室で言葉を交わしている一方で……二人はまだ気づいていなかった。
ミキだけは外へ出ず、壁にもたれながら闇の中で密かに耳を澄まし、ハヤトとヒロキの会話を聞いていたのだ。
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「へえ、シェフがワニの店だって……はははっ、レンジ、お前正気かよ!」
オイダイラの朗らかな笑い声が広がる。その姿を見たレンジは、ふと彼が自分の仲間だったマサトに似ていると感じずにはいられなかった。
「だからこそ、一緒に確かめに行こうって誘ったんだよ。今日はケンタくんとも約束してあるんだ……それなのに、もう時間なのにまだ来てないな」
二人が中央広場のコンビニ前で待っていると、やがて坊主頭の少年が向こう側から手を振っているのが見えた。
「お、あそこだ! ケンタくんが来た!」
レンジがオイダイラの肩を軽く叩くと、二人はすぐに駆け寄った。
「ケンタくん、こっちは僕の友達、オイダイラだ」
「こんにちは、初めまして。ケンタです。どうぞよろしくお願いします!」
「こんにちは、オイダイラだ。よろしくな」
「えっ、兄ちゃんもレンジ兄ちゃんと同じミッドナイトの隊員なんですか? うわぁ、かっこいい!」
「だろ?」オイダイラは得意げに胸を張る。「俺は“ブル隊”の切り込み隊長で、チームを守る専門家なんだぞ」
「すごい! 本当にすごいです!」
ケンタの瞳が憧れに輝く。
「まったく……大口叩きやがって」レンジが小声でぼやく。「感染者と遭遇したら一番先に逃げるくせに」
「え? 今なんか言ったか、レンジ?」
「いや、別に。ただ……これで全員そろったな。もう行こう、腹減った」レンジは誤魔化すように笑った。
「待たせちゃってすみません! じゃあ案内しますね!」
ケンタが先頭に立ち、三人は古びた小さな店へと歩き出した。色あせた看板には「ワニ牛丼」と書かれている。
店内に入ると、まるで古い酒場のようにカウンター席が一列だけ。目の前に立つシェフに直接注文する形式だ。メニューは牛丼や小さな鍋料理ばかりで、値段は驚くほど安い。レンジとオイダイラは思わず、この店が本当に儲かっているのかと首をかしげた。
「エミさんは裏にいますから、僕が呼んできますね。最近は店を一人で切り盛りしていて忙しいんです」
そう言ってケンタは冷たい水を二人に出し、頭上の小さなテレビをつけた。
画面には人気アイドルのインタビュー番組。彼女は“千年に一度の美女”と称される存在だった。オイダイラは食い入るように見つめ、感嘆の声を漏らす。
「アヤノさんって、本当にきれいだよな。どこから見ても可愛いし、演技もうまいし、歌も上手い。まるで天使だ」
「……ああ、確かに美しい」レンジもテレビ画面を凝視し、思わず息を呑んだ。「まったく欠点のない美しさだ……」
やがて、店の奥から店主が現れる。
ケンタの友人――レンジとオイダイラに挨拶するために。
そして、レンジは一目見た瞬間、言葉を失った。
店主の姿は、まさにワニそのものだった。
花柄のエプロンに小さな赤いリボンを胸元につけ、調理用の帽子をかぶっている。髪の毛は一本もなく、巨体のせいで動きはぎこちない。それでもなんとか調理台へと歩み寄ると、丸みを帯びた太い指で首元の装置を押した――。
「えっと……こんにちは。ケンタの友達ね? 私、エミです。よろしく。何を召し上がりますか?」
首元のボタンを押した途端、人間の言葉が流れ出した。
「ええっ!!!!」
レンジとオイダイラが同時に叫び声をあげる。
「怖がらないで……私はあなたたちを傷つけたりしない。お願い、逃げないで……」
エミは必死に言葉を続けた。「私は“緑等級”の感染者よ。危険なんかじゃない。どうか一人にしないでちょうだい」
その見た目のせいで、店は長い間閑散としていた。今にも泣き出しそうなエミの様子に――
「エミさん、落ち着いてください。二人はいい人ですよ」
ケンタが慌ててなだめた。
「す、すみません!」
ようやく我に返ったレンジが謝罪し、続いてオイダイラも頭を下げる。
「ただ、まさかクロモノ感染者の方が生き残って、こうして店をやっているなんて思わなかったもので……」
「そう……」エミの声は沈んでいた。「最初はね、隔離室で射殺されかけたのよ。本当に運が悪かった……」
「差し支えなければ……どうして今こうしてここにいられるのか、教えていただけますか?」
オイダイラが問いかける。レンジは慌てて袖を引っ張ったが、彼は意に介さず口を開いた。
「そのとき、私は虚ろな様子もなかったし、同じことを繰り返し言うこともなかった。ただ攻撃的でもなく、ベッドの下に隠れていただけ。だから調べに来た人が“まだ正気だ”と判断したの。体は変わってしまったけどね……。それに中央スクエアは人手不足で、だから私はここで働くことを許されたの」
「ご苦労されたんですね……」レンジが静かに言った。「でも本当は、不幸なんかじゃないと思いますよ。むしろ幸運です。だってケンタくんがそばにいるじゃないですか」
「本当にそう思う……?」エミは不安げに問い、少年を見やる。「でもケンタは本当にいい子なの。最初は全然店が回らなかった。味も安定しないし、どんなに計量しても、手が大きすぎて加減できない。お客さんも怖がって寄りつかない。料理人として働いていた頃を思い出して、惨めで仕方なかった……。でもケンタだけは違った。怖がらずに手伝ってくれて、味見までしてくれたの」
「や、やめてくださいよ! 褒めすぎです……恥ずかしいです!」
ケンタは顔を真っ赤にして縮こまる。
「それで、あなたたちは……?」
「レンジです。よろしくお願いします」
「オイダイラです。こちらこそ、よろしく」
「ふふ……二人は何を食べる? 特別に作ってあげるわ」
「じゃあ、オレは――」
レンジとオイダイラは再びメニューに目を落とし、注文を告げた。エミはすぐに厨房へ向かい、ケンタが助手として立ち回る。やがて料理が運ばれてきた。
「うわっ……量も多いし、めちゃくちゃ旨そう!」
オイダイラの瞳が輝く。「これでまずいわけないだろ!」
「最近はケンタが味見してくれるから、味も安定してきたのよ」
エミが首の装置を押して言った。「そのおかげで常連もできたわ。そろそろ来る頃ね。いつもお昼に来る人だから」
「なるほど……そうなんですね」レンジが頷く。
そのとき、店の扉が開いた。
「ほら、来たわ」
姿を現したのは、痩せた背の高い男。シンプルな服装にメガネをかけたその顔を見た瞬間――レンジとオイダイラは思わず声を上げた。
「ヒロキ!?」