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合流

「逃げてください! 早く逃げろ! 前方にクロモノ感染者がいる! 至急、避難をお願いします!」

白いスーツに白いマスクを着けた討伐隊の隊員が、廃ビルの前で通行人たちに声を張り上げる。

その瞬間、周囲は一気に騒然となった。強力な感染者が確認されたとあって、一般市民はすぐに臨時の避難所へ移されることになったのだ。状況の収束は、すべてミッドナイト部隊の到着を待つしかない。

討伐隊を見分ける特徴は明白だ。全身を白で覆い、フード付きのジャケットを着て、胸には大きな黒い番号が刻まれている。

「はぁっ……なあ、レンジくん。本当に俺たちが入るのか? ハヤト先生を待った方がいいんじゃないのか……」

息を切らしながら、オイダイラがレンジに問いかける。彼らの仲間はすでに現場へと駆け出していた。

「今は待ってたら間に合わない。お前も分かってるだろ、感染者がどれだけ恐ろしいか。せめて先生が来るまで時間を稼ぐんだ」

レンジは廃ビルの前で立ち止まり、きっぱりと答える。

「それに……通信機はヒロキが持ってる。もう連絡はしてあるはずだ。……よし、着いたな」

二人は目の前のビルを見上げる。建物は「危険」と書かれたオレンジ色のテープで封鎖され、周囲には討伐隊の隊員が配置されていた。

だが避難民でごった返す中、隊員たちの動きは鈍り、レンジとオイダイラもまた、どう近づけばいいのか分からず立ち尽くす。

「おい、君たち……」

低い声がかけられる。討伐隊の一人が近づき、レンジとオイダイラの装備を一目見るなり即座に察した。――ミッドナイト部隊の者だと。

「おっ、ミッドナイトか! 早いな、さっき連絡したばかりなのに……助かった! 時間がない、こっちだ!」

返事も待たず、その男は二人の腕をつかみ、ビル脇に隠された抜け道へと引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

レンジは否定しようとするが、言葉を最後まで発する暇もなく、二人は茂みに引き込まれ――気づけば廃ビルの正面入口に立っていた。

「はぁ……思ったより早かったな」

オイダイラがぼそりとつぶやき、目の前の高層ビルを見上げる。

ドンッ! ガシャーン!

爆発音と共にガラス片が飛び散る。三人の少年は反射的に身をかがめ、頭を両手で覆って衝撃から身を守った。

「じゃあ……後は任せる。幸運を祈る」

討伐隊の隊員は短く言い残し、元来た道へと戻っていった。

その背を見てオイダイラも後を追おうとしたが、足を踏み出す前にレンジが肩をつかみ、元の位置に引き戻す。

「俺たちは……中に入らなきゃならない」

「やだ! 無理だ! 絶対無理だ!」

オイダイラは必死に拒む。

レンジは背後に回り込み、力いっぱい背中を押した。

「ぐっ……これは……お前の役目だろうが……!」

無理やり押し込もうとするが、オイダイラの足は鉛のように重く、一歩も動かない。

その必死さを見て、オイダイラの脳裏に――かつて学校に迷いなく飛び込んでいった勇敢な仲間、ミキの姿がよぎる。彼は長く息を吐き、観念したように肩を落とした。

「分かったよ……入ればいいんだろ。でも真正面から突っ込むなんて、リスクが高すぎるだろ」

「え……言われてみりゃそうだな」

レンジは押すのをやめ、眉間にしわを寄せて考え込む。

「正面突破は確かに無謀だ……けど、マスク越しに連絡を取ろうにも、向こうがどう動いてるかも分からない。下手すりゃ今ごろ命懸けで戦ってるかもしれないし……くそっ」

「それに……あいつらが何階にいるかも分からないんだぜ」

オイダイラは苦い表情で言葉を継ぐ。

「なんで俺たちが命懸けで、あんな頑固者を助けに行かなきゃならないんだ。命を賭ける価値なんてあるのかよ」

レンジはしばし沈黙し、低く答えた。

「あいつは……死にたくなくて、必死に強さを求めてるんだろう」

小さく息をつき、さらに言葉を重ねる。

「理由は分からない。だが止めたいんだ……俺はそう思う。ヒロキも同じ考えなんじゃないかってな。何か……必ず理由があるはずだ」

「はぁ? 何言ってんだよ。どうして分かるんだ?」

「ただの推測だ……行動を見てそう思っただけだ」

レンジは視線を上げ、高層ビルを見上げる。

「なぁ、オイダイラ。このビル……何階建てだと思う?」

「さあな……十階か、十五階くらいか?」

レンジはしばらく考え込んだ後、ふっと目を輝かせる。

「よし……どうやって入るか、もう分かった」

「は? なんだって?」

オイダイラが眉をひそめる。

「作戦はある。成功するかは分からんが……やってみるしかない」

「勝手なこと言ってんじゃねえよ……」

「いいから。ぐずぐずしてる暇はない。中にいる奴らは今まさに危険なんだ」

「えっ……くそっ、分かったよ! 行けばいいんだろ!」

二人は互いに視線を交わし、迷いなく暗いビルの中へと駆け出していく――。

その先に待つものを、何ひとつ知らぬまま。

「はぁ……思ったより早かったな」

オイダイラがぼそりとつぶやき、目の前の高層ビルを見上げる。

ドンッ! ガシャーン!

爆発音と共にガラス片が飛び散る。三人は反射的に身をかがめ、頭を両手で覆って衝撃から身を守った。

じゃあ……後は任せる。幸運を祈る」

討伐隊の隊員は短く言い残し、元来た道へと戻っていった。

その背を見てオイダイラも後を追おうとしたが、足を踏み出す前にレンジが肩をつかみ、元の位置に引き戻す。


「俺たちは……中に入らなきゃならない」

「やだ! 無理だ! 絶対無理だ!」

オイダイラは必死に拒む。

レンジは背後に回り込み、力いっぱい背中を押した。

「ぐっ……これは……お前の役目だろうが……!」

無理やり押し込もうとするが、オイダイラの足は鉛のように重く、一歩も動かない。

その必死さを見て、オイダイラの脳裏に――かつて学校に迷いなく飛び込んでいった勇敢な仲間、ミキの姿がよぎる。彼は長く息を吐き、観念したように肩を落とした。

「分かったよ……入ればいいんだろ。でも真正面から突っ込むなんて、リスクが高すぎるだろ」

「え……言われてみりゃそうだな」

レンジは押すのをやめ、眉間にしわを寄せて考え込む。

「正面突破は確かに無謀だ……けど、マスク越しに連絡を取ろうにも、向こうがどう動いてるかも分からない。下手すりゃ今ごろ命懸けで戦ってるかもしれないし……くそっ」

「それに……あいつらが何階にいるかも分からないんだぜ」

オイダイラは苦い表情で言葉を継ぐ。

「なんで俺たちが命懸けで、あんな頑固者を助けに行かなきゃならないんだ。命を賭ける価値なんてあるのかよ」

レンジはしばし沈黙し、低く答えた。

「あいつは……死にたくなくて、必死に強さを求めてるんだろう」

小さく息をつき、さらに言葉を重ねる。

「理由は分からない。だが止めたいんだ……俺はそう思う。ヒロキも同じ考えなんじゃないかってな。何か……必ず理由があるはずだ」

「はぁ? 何言ってんだよ。どうして分かるんだ?」

「ただの推測だ……行動を見てそう思っただけだ」

レンジは視線を上げ、高層ビルを見上げる。

「なぁ、オイダイラ。このビル……何階建てだと思う?」

「さあな……十階か、十五階くらいか?」

レンジはしばらく考え込んだ後、ふっと目を輝かせる。

「よし……どうやって入るか、もう分かった」

「は? なんだって?」

オイダイラが眉をひそめる。

「作戦はある。成功するかは分からんが……やってみるしかない」

「勝手なこと言ってんじゃねえよ……」

「いいから。ぐずぐずしてる暇はない。中にいる奴らは今まさに危険なんだ」

「えっ……くそっ、分かったよ! 行けばいいんだろ!」

二人は互いに視線を交わし、迷いなく暗いビルの中へと駆け出していく――。

その先に待つものを、何ひとつ知らぬまま。

――ビルの反対側。

タツヤは薄暗いホールに立っていた。全身は傷と戦闘の痕跡に覆われ、両翼の鋼鉄を大きく広げる。金属がきしむ音が反響し、建物中に響き渡った。

舞い上がった粉塵が少しずつ晴れていくと、闇の中から這い出てくる巨大な影が姿を現した。

それは――人と怪物が混ざり合った巨躯。

頭部は女の顔で、六つの眼が憎悪に燃える光を放っている。上半身は裸で、肌はピンクと深緑が入り混じり、奇怪な刺青のような模様を描いていた。対して下半身は、無数の脚を持つ巨大なムカデの胴体。六本の腕は絶えず蠢き、目の前のすべてを引き裂こうとするかのようだった。

その高さは三階建てのビルにも匹敵し、体長全てを測ればさらに圧倒的だろう。空洞化した建物の内部は、まるでこの怪物のために用意された舞台のようで、コンクリートの壁も柱も障害にはならなかった。

口は不自然なほど大きく裂け、鋭い牙が並び、滴る鮮血で真っ赤に染まっている。むせ返るほどの血の臭い――それは無関係な市民や、すでに倒された討伐隊の隊員たちのものだった。

タツヤはその光景を冷徹な眼差しで見据える。

圧迫感に満ちた瞳は揺るぎなく、深く息を吸い込むと喉の奥で嘲笑を漏らした。

「はぁ……思った以上に手強いな。……ったく、最近の女はどうしてこう強いんだよ」

彼の視線は恐ろしい顔から床へと流れる。下半身は花崗岩のように硬質で、鋼鉄の翼で切り裂いても傷一つつかない。そのうえ動きは予想を超えるほど速く、巨体にもかかわらず重さを感じさせない俊敏さだった。

左脚には深い裂傷が残り、血が滲み続けている。だがそれもすぐにじわじわと塞がり、筋肉は元通りに収縮していく――これが、彼に残された数少ない利点だった。

ムカデの女の怪物は正気を失っているように見えた。他の感染者と同じく、頭の中は欲望で埋め尽くされているのだ。末期に近づけば近づくほど、その欲望は強大になり、もはや誰にも制御できなくなる。

「憎い……憎い……お前たち全員、殺してやる!」

怪物の放った音波が衝撃となって周囲に広がり、ビルの窓ガラスが次々と粉々に砕け散る。

タツヤは思わず両耳を塞ぎ、突き刺すような高音から身を守った。

それは彼だけではない。

白い柱の影に隠れていたミキ、ヒロキ、リンもまた、同じように耳を塞ぎ、必死に耐えた。

「ひっ……こんなにデカいのに、どうやって戦えっていうの……オレンジ級よ……」

リンが蒼白な顔で震えながらつぶやく。

「戦えないさ」

ヒロキが短く答える。

「できることはひとつ……どうにかして気絶させて、ここから引きずり出す。それしかない」

「ヒロキ、ハヤト先生には連絡したの?」

近くに身を潜めていたミキが、小さな声で問いかける。

ヒロキはすぐにハヤトから預かった通信機を取り出した。

何度もボタンを押すが、返ってくるのは雑音だけだった。

ジジジ……ジジッ……。

「最高だな……肝心なときに限って機材が壊れる。くそっ」

悪態をつき、彼は通信機を乱暴に閉じて腰のポーチに押し込む。

その時、リンが戦場のタツヤを目にし、瞳に驚きと感嘆を宿す。

「……すごい。あんなオレンジ級の攻撃を避けられるなんて……強いし、頭おかしい。普通ならみんな逃げてるわよ。それなのに、あのバカは一人で突っ込んで……ヒーローにでもなりたいの? 死ぬって分かってるくせに」

タツヤはなおも高速で回避し、鋭く反撃を繰り返す。

その一挙手一投足は、ヒロキたちの誰よりも洗練されており、リンは思わず嫉妬すら覚えた。

「……もしかしたら、死なないかもしれない。誰にも分からないけどな」

ヒロキは目を細め、呟く。

「きっと、あれは奴の狂気だ。……かつて強者と戦った経験があるのかもしれない。誰かのために強くなりたいのか……それとも、生きる意味を失って死に場所を探してるのか。理由がどっちなのか……俺も知りたい。自分の目で、確かめたい」

「証明するって……どうやって証明するの?」

ミキが震える声で問い、真剣な眼差しをヒロキに向けた。

「今はまだ分からない」

ヒロキは小さく首を振る。

「知る方法はひとつ――直接本人に聞くしかない。だが今突っ込めば、間違いなく巻き添えを食らう。あいつは絶対について来ない。……だから、力尽きるのを待って、隙を見て連れ出すしかない」

「うん……」

ミキとリンは同時にうなずき、同意を示した。

「とりあえず、俺たちは一旦散って身を隠そう。追加の作戦があれば、通信マスクを通して伝える。いいな?」

「分かった」

短い会話を終え、三人はそれぞれ柱の陰へと走り去った。タツヤを危険から救い出す、その機会を伺うために――。

――場面はタツヤへ。

ムカデの怪物が咆哮し、巨体を揺らして突進してくる。六本の腕が空気を切り裂き、轟音と共に振り下ろされた。

タツヤは鋼の翼から羽根を引き抜き、即席の盾を広げて迎え撃つ。火花が散り、金属音が建物中に響き渡った。

衝撃は凄まじく、足元の床を削り溝を作る。それでもタツヤは歯を食いしばり、全力で押し返した。だが別の腕が横から叩きつけ、彼の身体はコンクリートの柱に叩きつけられる。柱はひび割れ、破片が雨のように降り注いだ。

鮮血が流れ落ちる。だがその傷はすぐに塞がり始める。タツヤは頭を振り、飛び散った血を振り払うと、決して折れない眼差しで立ち上がった。

ドンッ!

怪物の巨大な尾が何度も床を叩きつけ、地面を陥没させる。タツヤは滑るように避け続けた。全身は打撲と傷だらけになっても、必ず立ち上がる。

「へっ……なかなか力あるじゃねえか」

血を吐き捨てながら、不敵に笑う。

女怪物は怒声を上げ、尾を振り払った。タツヤが跳び上がった瞬間、その巨腕が空中で彼を捕らえる。鋭い爪が食い込み、骨がきしむ音が響き渡る。呼吸は苦しく、視界が滲む。

「ぐっ……ラッキーだな、俺……っ、いきなり巨乳美女に抱きしめられるなんてよ……」

かすれた声はなおも挑発的だった。視界がぼやけていく中、彼はかすかに笑みを浮かべる。

「……チッ、まさかあいつらまでついて来てねぇだろうな……」


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